2010年6月28日
馬車道十番館のサバラン(サバリン)

美味しいサバリン、という事では、間違い無いお味の馬車道十番館のサバリン。上品な味でファンも多いらしく、売り切れている事が結構ある。
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2010年6月28日

美味しいサバリン、という事では、間違い無いお味の馬車道十番館のサバリン。上品な味でファンも多いらしく、売り切れている事が結構ある。
2010年6月21日
鎌倉市川喜多映画記念館でヴィム・ヴェンダースの88年の作品「東京画」を観た。

「東京画」はヴェンダースによる小津安二郎オマージュ映画と言うべき作品だが、この作品を観たのは、もちろんリアルタイムではなかったが、それでもだいぶ昔の事だったし、ヴェンダースは好きだけど、この時分は小津安二郎にも小津作品にもほぼ興味が無く、後学の為に一応は数本観ていただけ、という程度だったので殆ど内容的にも忘れてしまっていたので、もう一度、改めて観直したいと思っていた。
久しぶりに鑑賞してみると、小津に対する畏敬の念と純粋な好奇心のままに、技工も何もなく、ただひたすらキャメラで小津の幻影を追っかけているだけの映画青年の初々しさは、観ているこっちが気恥ずかしいくらいだ。

この「東京画」には笠智衆のインタビュー・シーンがあり、このインタビューを行った場所は旧川喜多邸別邸の縁側で、今回の「東京画」上映に合わせて鎌倉市は特別に普段は閉めきっている戸を、その時の雰囲気を感じられるように、開ける許可をしてくれた、との事だった。
う〜ん...草木が茂っていて微妙...だけど、そういう計らいは悪くないね。
ところで、小津安二郎の国内外での再発見、再評価に関して、蓮實重彦の功績は大ではあるけども、そのあまりに戦略・戦術的に巧妙かつ煽動的で、小津を持ち上げる為に黒澤を引き合いに出すのか、黒澤の評価を貶めたい為に小津を賞賛するのか、イマイチ判然としない。まぁ、殆ど違いなどないのだろうが...そもそも小津評価と黒澤評価は相反するものでは無いのに、時としてシネフィルを混乱に巻き込み、多くの劣化フォロワーを生み出して無意味な対立構造を作り出した罪も大きい。
少なくとも小津も黒澤も古典化している21世紀では、もはや対立的構造そのものの見直しが必要であり、氏もさすがに昨今は焼きが回ってきたのか、「私は、決して黒澤作品は嫌いではない」と緩やかな修正を行なっているのだから、筆を折る前にカイエとポジティフの様この前時代的な対立の煽動者としての落とし前だけは付けてもらいたいと思っている。
2010年6月14日

北野武の「アウトレイジ」を鑑賞。
たけしと椎名桔平が出て悪人ばかりの群像劇とくれば石井隆の「GONIN」とダブる人も多いと思う。「GONIN」と言えば、当時、映像専門学校時代に観に行って衝撃を受けてしまい、友人とふたりしばし言葉を失った事を今でも思いだす。
Vシネのようなファンタジー・アクションや仁義なき風セミ・ドキュメンタリー・タッチとも違うフィルム・ノワールをメジャーで作れ得た事に驚いてしまったのだ。まぁ、奥山和由が松竹を追い出される前の体制だったのが大きかったんだけど。それでも90年代の邦画はまだまだ悲惨な状態で、まともなクライム・サスペンスやバイオレンス・アクションなんて作られるハズがないと思っていた時代だからね。事実、奥山は深作欣二で「いつかギラギラする日」という駄作を世に送り出していたし...。
話を「アウトレイジ」に戻すと、鈴木慶一の冷たく響くスコアもカッコイイし、意外なところで存在証明に現れた新田純一も、元ジョビジョバ坂田聡も「マギーだけじゃねーぞ!」と言わんばかりに絶妙な上手さを発揮して、作品はまぁまぁの出来栄え。もっと言えばバイオレンス映画として充分すぎるほどエグくて売り文句通りだったし、たけし得意のさっぱりと呆気無くもっていくクライマックスへの展開も良い。ただ、鑑賞後、気になったのは、"当てたい"と言うのならば、カンヌでも賛否だったように目を覆いたくなるような捻りを加えた残酷シーンをテンコ盛りにしたのだろうか?
たけしも森社長もエンターテイメント作品に仕上げたと言うならもう少し抑えた方がヒットすると思うんだけどなぁ。ヒットを狙いたくてもあざとく妥協したとは思われたくないし、そこはあくまで北野武流エンターテイメントって線を崩さずに...って事だったんだろうけど。
まぁ、悪魔に魂は売らなかったって事だね。
ところで、衣装デザインは黒澤和子でたけしの衣装だけは山本耀司、エンドロールの衣装協力には洋服の青山の名前もあったが、これはもちろん、友和なんだろうなぁ〜。
2010年6月 9日

赤レンガ倉庫で開催されていた志村立美の美人画展へ行ってきた。
4月にハナサキ画楼へ行った時に「6月に赤レンガで展示会やります」と聞いていたので、画廊では展示されてなかった作品が観られればよいなぁ、と期待していたが、期待通り最も気になっていた「緋牡丹博徒」の映画ポスター(4月4日記事)と野沢屋のポスターを観ることができた。
しかも「緋牡丹博徒」のポスターは今年のカンヌ映画祭の海外向け日本映画パンフレットに使用されたらしい。カッコいいもんな〜あのポスターマジで。

展示会を鑑賞していた他の男性が帰りしなに「みんな同じ顔だね〜」なんて感想を漏らしていたが、美人画といっても、別に美人顔画を描きたい訳ではなくて日本美人の美しい着物姿や仕草から醸し出される情緒を志村立美は描いてるんだから。
トウフ屋だからトウフしか作れない小津と同じなのだ。
2010年6月 7日

前作「パコと魔法の絵本」は見事にスルーしたまま、今回は結構、気合いれて鑑賞(期待してたからね)
今作も中島哲也の卓越した映像センスとお得意のスーパースローショットを多用し、中島哲也流残酷ファンタジーに観客を引き込んでいく上手さはなかなかのもの。冒頭から松たか子演じる森口先生が授業中に生徒たち相手に喋りつづけるかたちでサーっと人物紹介と状況説明をあら方済ませてしまう観せ方も上手い。別に珍しくもなんともない手法ではあるが、この辺は監督のセンスが分かりやすく発揮される部分だ。
原作を既に読んでいる人は承知の通り、この作品の内容的には、陰惨かつ救われないままに物語が展開されていくし、社会的にも大きな問題となっている青少年犯罪を真っ向から扱っているので非常に重いし深い。それでもこの不快指数度の高い内容をホラー的なエンターテイメント作品の体裁を取り、見事なメジャー映画としてここまでの作品に仕上げた中島哲也に脱帽する。独自のシニカルな視線とクリエイターとして充たされるべきメジャー志向との融合のほぼ完成形になったのではないか。
と、まぁベタ褒めっぽい感想だけど、個人的には、そろそろPVやTVCF的な手法から卒業しても良いんじゃないかなと思う。
2010年6月 3日

この間、ブリッカに引き続いて今度はナポレターナを借りてきた。
以前借りて帰ったブリッカの使用感についてお店で話していると、私が持って帰ってくるまで置いてあった棚に今度はナポレターナが何気なく置いてある事に気が付いたので「何で今度はナポレターノがあるの?」と聞くと、嬉々として「よくナポレターノ知ってますね〜、また持っていきます?」と畳み掛けられ、結局持ち帰ってきた。彼女が言うにはイタリアに住み始めの頃、形が可愛いかったので買ってみたが、満足にコーヒーを淹れる事が出来ずにずっと持て余していたとの事で、様は始末したかったのだ。
ちなみにナポレターナはエスプレッソが発明される以前にイタリアで良く使われていたコーヒーメイカーで、ドリップ式の抽出するタイプなので、ナポレターナで淹れるコーヒーはエスプレッソとは呼ばないのだ、当たり前だけど。
持って帰ってきてから既に数回試しているが、なるほどコツを掴むのにちょっと手間取っているが、それでも慣れてくると悪くはないと思うんだけどなぁ〜。


フィルターに詰めているコーヒーはもちろんパッサラックア。
2010年6月 2日

事件の起きた時刻、ほんとすぐ近くの建物内にいてやたらサイレンの音が騒々しくなってきたので、ボヤ騒ぎでも起きたかと気にもとめず、ややあって建物を出て歩き始めると加賀町警察からぞくぞくパトカー、救急車も到着。直後には新聞やTV報道陣も到着。上空では警察ヘリが捜索の為に飛び回っていた。
またしても発砲事件かと思ったら、ナイフによる刺殺事件だったようで、被害者を輸送する為に待機していた救急車になかなか怪我人が運び込まれない事と、担架で運び込まれても直ぐに出発しなかった事から、これはかなり悲劇的な容態なのだなと思っていたが...。
逃走中の容疑者が早く捕まる事を祈る。