2012年1月29日

『プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影』展

ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロスが交通事故で亡くなってしまった...大ショックだ。

                                                                                

ゴヤ展

国立西洋美術館で開催中(もう会期終了だが)の『プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影』展に行ってきた事をブログに書きそびれたままだったが、今さらながら書く。

想像よりも空いていて鑑賞しやすかったのだが、正直、この空き具合はちと寂しい。
「ナントカ美術館展」だの「印象派」展、「ダ・ヴィンチ〜展」とかだとどこからともなく湧き出ててくるクセに...日本人には一般的にあまり馴染みがない"スペイン国"ではスペイン最高の画家であっても興味は沸かないものなのか、と嘆かわしい憂鬱な気分。

帰宅後、購入してきた図録の冒頭あいさつにプラド美術館長の文があり、その中にこの美術展の企画にあたっての動機に「日本におけるゴヤへの関心が常に高い事」と書いてあった。以前に比べれば今はそうかもしれない。しかし、ゴヤ好きの一日本人としては未だ不満であり不足だ。

日傘
「日傘」

彼女は飛び去った
「彼女は飛び去った」

「彼女たちはもう席を得た」
「彼女たちはもう席を得た」

"宮廷画家"としては、はるかに時代的に幸福だったといえるべラスケスの方がこれまでは好きだったのだが、今企画展のタイトルにもある"光と影"の影の部分(主にロス・カプリーチョス)にゴヤの神髄が見事に集約されており、シニカルさの中に垣間見える可笑しみが、素晴らしく、「ハプスブルグ家没落とスペイン混乱の時代」を生きた彼の画家として人間としての凄みが改めて感じられた。

実は自分はベラスケスよりもゴヤの方に惹き付けられているんじゃないかと自問自答せざる得ないくらいに充実したゴヤ展だった。

2012年1月 8日

博物館に初もうで

北京故宮博物院200選
なんだかんだと忙しさと怠け心でだいぶ更新の間が開いてしまって、気がつけば2012年を迎えてしまった。

さてさて、2日に東京国立博物館の平成館で開催中の『北京故宮博物院200選』を観てきた。
目玉は何と言っても「神品 清明上河図」なワケだが、正月早々の混雑はなるべく避けたいなぁ〜と淡い期待を込めて上野へ向かった。

午前10時頃に東博に入ったら、ちょうど新年の挨拶が本館前で行なわれていたので多少見物。博物館長や文化庁長官の挨拶が終わるとスペシャルゲストの女優中谷美紀が登場し、鏡開きが行なわれた。何故に中谷美紀?と不思議に思いながら見物していたが、どーやら東博の年始広告ポスターのキャンペーンモデルをしたようだ。

中谷美紀

鏡開きを観た後は、そそくさと平成館で入場を待つ行列に並んだ。最後尾では"入場20分待ち"とあったが、たっぷり1時間近く待たされた。

行列

ようやく館内に入りひと安心もつかの間、「神品 清明上河図」だけは展示室がパーテーションで仕切られていて、これだけ鑑賞する為に更に列ばねばならず、他の展示を観た後に更に90分列ぶ羽目になった。いや〜疲れた。

2011年8月23日

「空海と密教美術」展

空海と密教美術

暑さと忙しさにかまけてだいぶサボった感のあるブログ更新だが、そんな中やっと「空海と密教美術」展に行ってきた。

仏ガール達の一番人気である東寺の「帝釈天騎象像」を含め、立体曼荼羅8体がトーハクにやってきているワケだからさぞかし混雑しているものと覚悟して行ったのだが、想像ほどの込み具合ではなかったので、心行くまで360°鑑賞できたのは良かった。

帝釈天騎象像梵天坐像

立体曼荼羅8体を揃って鑑賞する事が出来るだけでも(しかも上野で)素晴らしい機会なのだが、個人的には仏像の中でも好きな「梵天坐像」をまじかに鑑賞する事が出来たのは本当に感動的だ。

端正なお顔立ちで理知的な印象の帝釈天騎象像はこの8体の中でも圧倒的な造形美で人気の理由は良く理解できるが、梵天坐像の正面から醸される静謐な雰囲気は凄く良い。

東寺には行かねば行かねばと思いつつ中々果たせずじまいだっただけに、東京で鑑賞する機会が得られてラッキーだった。

2011年8月 1日

「不滅のシンボル 鳳凰と獅子」展

鳳凰と獅子展
少し前だが、サントリー美術館で開催していた「開館50周年記念『美を結ぶ。美をひらく。』Ⅱ 不滅のシンボル 鳳凰と獅子」展を鑑賞した。

【展示会概要】

日本の古代史において鳳凰と獅子は、特別な存在です。鳳凰は優れた天子が世に現れる兆しとして、古代中国で生み出された空想の鳥であり、対する獅子は、日本に棲息しないライオンを原型とし、やはり中国から唐獅子という半ば空想上の動物として伝わりました。いずれも宗教・儀礼や民俗・芸能に広く深く取り込まれ、それぞれ祝儀にふさわしい高貴なシンボルとして、繰り返し絵画や工芸の意匠となってきました。鳳凰と獅子の多岐にわたる造形表現は、日本文化全般におけるハレの場面と、常に密接に関わりあいながら、その不滅の生命を今に伝えていると言えるでしょう。この展覧会では、鳳凰と獅子という瑞鳥、霊獣のイメージの展開に注目します。高貴な姿の鳳凰や威厳あふれる獅子の変遷を、屈指の名品によってたどりながら、人々が鳳凰や獅子に託した祈りや、豊かな空想のはばたきを感じていただければ幸いです。

展示会の目玉は、やはり個人的にも伊藤若冲の三幅だが、前後期の展示に別けていたので「花鳥図押絵貼屏風」しか観る事が出来なかったのは残念だった。
ただ、初めてじかに鑑賞した「花鳥図押絵貼屏風」は若冲の筆跡の美しさや計算されつくした構図の見事さ、躊躇いうものが一切なく絶対にミスをしない筆遣いの腕に見惚れてしまうほど、モノクロームな美しさが表れていてこの一幅だけでも充分、満足満足。

それにしても、若冲に限らず、この鬼気迫る迫力と緊張度の高い集中力を絵から感じられるのが、手直しがいくらでも利く油絵の西欧絵画と日本美術絵画とは違う醍醐味だろう。

なんか若冲の事だけしか書かなかったが、それ以外にも国宝の文殊渡海図や平等院の鳳凰の彫像レプリカ、等々、鳳凰好き獅子好きにはたまらない展示内容ではあったが、毎度の事ながら、やや平板というか凡庸な展示方法には不満が残った。サントリー美術館はそのあたりの工夫がちょっと足りないと感じさせられる事がよくある。展示会に興味のある客には"それなり"でも充分な内容かもしれないが、もうひとつ先の興味を惹き付ける様な構成を考えないと、単なる歴史資料館の常設展示のような無味乾燥に終わってしまうと思うだけに、ちと残念。

2011年6月23日

『五百羅漢 −増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信』展

五百羅漢展

随分とご無沙汰の江戸東京博物館『五百羅漢 −増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信』展を観に行った。

数年前にBS-hiのハイビジョン特集「秘宝公開 驚異の仏画 五百羅漢図」で美術史家の山下裕二氏が2011年に五百羅漢図の全百幅を一同に介した展示会を予定していると語っていたのを聞いてから、ずっと心待ちにしていたが、開催直前に震災が起こってしまい、会期延期の憂き目に遭いながらも無事に開催され、私も何とか鑑賞する事ができた。よかった、よかった。

江戸時代に隆盛を誇った狩野派の系譜に連なるとされる狩野一信だが、ごくごく最近まで殆ど無名というか忘れられていた画師で、一応、現在は世間一般では「狩野」で通っている姓も、一節には「狩野」を名乗ることを許されなかったという説もあり、画師として素性はさておき中々謎の多い人物のようだ。
そんな彼のほとんど唯一に近い代表作であり超大作である「五百羅漢 全百幅」が空襲で殆ど焼失した増上寺の宝物の中で一幅も欠けることなく残った事も保存状態も、本当に奇跡的としか言いようがない。

神通
「第57幅 神通」

鑑賞前は、全百幅を観れるのは嬉しいが、途中でお腹一杯になってしまわないかと心配だったが、実際に目にすると、強烈な画力に圧倒されそうになるのだが、一幅一幅のモチーフが多彩かつユーモラスで、まるでマンガか絵本を読み進めていくような感覚で全てを鑑賞する事出来た。

それにしても、あれほどの緻密さと大胆さを兼ね備えた画師がほとんど忘れ去られているという事実には驚かされるし、また、あれだけの作品を僅か10年でほぼ完成させている(実際には最後の数幅は妻と弟子によって完成させた)集中力は並大抵の才能ではない。これほどの画師が無名でいる日本画の世界はどれほどの広大なのかと思うと観終わった後も改めてと感じ入ってしまった。
帰宅後、以前に録画保存してあったハイビジョン特集「秘宝公開 驚異の仏画 五百羅漢図」を観返してみると、すっかり記憶から抜け落ちてしまっている情報に再会できて新鮮な気持ちで見直す事ができた。

余談だが展示会で購入した図録を読んでいると冒頭に今回の展示会の仕掛け人である山下裕二氏の文章に氏と狩野一信との出会いから展示会を実現するまでのエピソードが語られていたが、氏が展示会の企画をし始めた頃、狩野一信についてどれほど世間一般で情報を得られるか、何気なくネットで検索したらウィキに「狩野一信」の項目があった事に驚き、次に展示会で鑑賞したお客さんはネットで狩野一信について調べたら、一番最初にウィキペディアのこの項目にアクセスするだろうと思い、不確かな箇所や間違っている箇所を訂正したという話が面白かった。

2011年5月 8日

『写楽 特別展』

写楽展
小雨の中、延期されていた「写楽 特別展」を観に上野のトーハクの平成館に行ってきた。

これだけよくもまぁ、集めたもんだと関心してしまうくらいの殆どの写楽作品を揃えての大展示会で、展示内容も写楽登場以前の役者絵の章や、写楽を見出し売り出した大物プロデューサー蔦屋重三郎の章、写楽の第一期から第四期までを別けての展示、役者絵を豊国など他の絵師と同じ演目の同じ役者を描いているモノを比較展示していたり、観る人に楽しんで理解してもらおうとする工夫が施された構成になっていたのもなかなか良かった。

「写楽」はおそらく、写楽作品を観た事のある殆どの人が思っていると思うが、圧倒的に第一期が素晴らしい。デフォルメと写実性の案配が天才的だ。それが、二期、三期と行くにしたがって小さくまとまり退屈になってしまうのだが、第四期に至るともう完全に"ヤル気無し!"というか、情熱を失っている様子が手に取るように伝わってきて、その振幅の具合が生々しく、退屈さが逆に面白かった。

曾我蕭白展図録
2005年に京都国立博物館で行なわれた『曾我蕭白 無頼という愉悦 円山応挙が、なんぼのもんぢゃ!』展の図録が前々から欲しいと思いつつも、肝心な時にいつも忘れてしまい手に入れず仕舞いだったが、今回はしっかりミュージアムショップで取り置きしてもらって購入。そろそろ在庫が心配になってきたのでね...。
想像以上のボリュームで大大満足。

「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展に行った時の日記

2011年4月 4日

「幕末浮世絵界の奇才 歌川国芳 没後150年展」

砂子の里資料館
川崎の砂子の里資料館で開催中の歌川国芳展。

国芳と言えば私も愛してやまないいわゆる"奇想の系譜"に連なる幕末の絵師だが、つい最近も国芳は実に150年も前にスカイツリーの存在を予言したかのように江戸の町に描いていたと話題になった。

今年は国芳の没後150年ということで大規模な回顧展が大阪私立美術館で開催中で年末には東京にもやってくる予定なのだが、待ちどうし過ぎるので、スカイツリーが描かれている「東都三ツ股の図」を鑑賞してきた。
国芳のスカイツリーの正体は実際のところ、井戸掘りの櫓らしいという事なのだが、これほど高い櫓は実際にはあり得ず、まさにスカイツリーを予言したと言っても過言ではない程のデフォルメっぷり。しかもこの「東都三ツ股の図」の中の櫓は現在建設中のスカイツリーの建設場所と100メートル程しか離れていないって言うんだから、これはもうまさに"奇想の系譜"の面目躍如としか表現できない。

「東都三ツ股の図」
東都三ッ股の図

2011年3月 5日

『写真展 The Archives of the Planet 100年前の世界へ~アルベール・カーン平和への願い~』

アルベールカーン
本郷台の神奈川県立地球市民かながわプラザで開催中の『写真展 The Archives of the Planet 100年前の世界へ~アルベール・カーン平和への願い~』に行った。

〔写真展概要〕
およそ100年前、世界を移動する手段も未発達だった時代に、カーンは平和を築くために世界60カ国にカメラマンを派遣し、各地の日常のくらしや風俗、自然そして建物などを記録させた。
今回行われる『写真展 The Archives of the Planet 100年前の世界へ~アルベール・カーン 平和への願い』は、アルベール・カーンが世界平和と友好の思いから、数十年かけてつくりあげた「地球史料館~The Archives of the Planet ~」というアーカイブ72,000点の中から構成。
カーンの生きた時代、そして、現在では失われつつある民族性豊かな世界のくらし、独特の民族衣装、日常を生きる人々の姿、戦時の様子、街や自然の風景を捉えた天然色写真(オートクローム)約150点とシネマトグラフ(動画)を展示する。

今写真展の展示写真は大体は、NHK出版から発売されている「アルベール・カーン コレクション」掲載の写真が殆どだけど、日本の写真では初めて観る写真が多数あったので観に来て良かった。三渓園の写真なんかもあったし...それにパネルにしてあるから写真集より大きい状態でよく観れたしね。

アルベール・カーンの事は以前BSでも10回シリーズで放送してたりしたので知っている人もそれなりにいると思うけど、カーンは明治の元勲、大隈重信や大実業家の渋沢栄一、北白川宮殿下夫妻など多数の日本人とも交流を持ち、カメラマンを日本にも派遣して大正天皇の大喪の礼の様子、東京、横浜、京都、奈良の街並と伝統建築、それ以外にも農村の景色や人々を数多くオートクローム撮影で写真を残している。個人的に今までこれほど感動した写真は観た事がないし、今後もこれほど衝撃的な写真にも出会う事はないだろう、と言い切れるくらいカーンのコレクションは貴重で素晴らしいし、心揺さぶられる。

もっともっと知られてよい人物だと思うのだがね。

グラタ、アイルランド
(クラダ、アイルランド)1913年5月25日
アイルランドの民族衣装を着た14歳の少女、ミアン・ケリー。
ケリーは地元の人がアイルランド娘の完璧な見本と太鼓判を推す程の評判の女性で、1973年に75歳で人生の幕を閉じた。

ヴェローナ、イタリア
(ヴェローナ、イタリア)1918年5月16日
サン・ゼーノ・デ・マッジョーレ教会の地下納骨所。
少女の佇まいと微光が素晴らしい。

ロンドン、イギリス
(ロンドン、イギリス)1919年7月19日
ロンドンでも第一次世界大戦戦勝祝賀パレード。
パレードを見物する為に多数の見物客がテントを張って徹夜したらしい。

カーン写真集
これは私の所有するアルベール・カーン コレクション。
カーンのコレクションは未だ現像されていないフィルムを含め72000枚以上のコレクションがあるワケだけど、アルベール・カーン美術館には、今後も定期的に写真展の企画や写真集の出版をしていってもらいたいと強く希望したい。

2011年2月13日

『運慶 −中世密教と鎌倉幕府−』

運慶展
雪の降る中、神奈川県立金沢文庫80年 特別展『運  慶 −中世密教と鎌倉幕府−』を観てきた。

展示会は先月下旬から始まっていたので、もっと早く行きたかったのだが、今回初めて揃う三体の大日如来のうちの東京・真如苑所蔵の大日如来坐像の展示開始時期が遅れていたので、三体揃うのを待っていたのだ。

この東京・真如苑所蔵の大日如来は、幾度か報道されたので記憶にも新しく、(最初の報道は「限りなく運慶作に近い仏像」というネタ。次は「海外オークション出品で海外流出の可能性あり!」というネタ。)NYのクリスティーズでオークションに掛けられが、東京・真如苑が三越百貨店を入札代理人として十数億という落札金額で落札し、なんとか海外流出を免れたという運慶作の可能性が極めて高いとされる仏像。そして、今、現在は落札以前と同様に東京国立博物館に寄託されているので今回の『運慶展』のような特別展などで、たびたび、私達一般人の目に触れる機会もあるというワケだ、しばらくの間は。
まぁ、聞くところによると、所有者の東京・真如苑はいずれは「大日如来坐像の安置施設を」と考えているらしいが...

それに真如苑の大日如来坐像以外にも、県立金沢文庫がある称名寺光明院所蔵の運慶最晩年の作とされる「大威徳明王像」も、この機会にぜひ観てみたかったし、デビュー作とも言われている奈良・円成寺所蔵「大日如来坐像」と揃って拝む事が出来てホントにラッキーだった。運慶作の特徴でもある、膨よかなお顔、表現力が高く、破綻の無い造形設計はいくら眺めていても飽きる事の無い穏やかさと、神々しさを兼ね備えていて、仏教徒ならずも引き込まれてしまう。

称名寺
画像では分かりにくいが雪の降る称名寺。
称名寺は鎌倉幕府の北条一族、金沢北条氏の菩提寺で金沢文庫は日本最古の文庫としても有名。

大日如来坐像フィギュア
我が家の大日如来さま。もちろん開眼してないので単なるフィギュア。

2011年2月 6日

『宇野亜喜良のポスター展 / 映画美術監督 久保一雄の仕事』展とピッツェリア

宇野亜喜良
川崎市民ミュージアムで開催中の『宇野亜喜良のポスター展/映画美術監督 久保一雄の仕事/木村伊兵衛写真賞35周年記念展』を観た。

宇野亜喜良の切れ味の良いコスモポリタン的な画風はいつ観ても新鮮だが数々の広告ポスター等を一同に眺めると宇野亜喜良が広告業界でいかに先駆的かつ個性的な仕事をしてきたかがよく分かる。特別好きな画風というワケではないんだけど、目に入ればついつい眺めてしまうし、記憶にも強く残る。その意味では大変なデザイナーだと改めて実感。

「映画美術監督 久保一雄の仕事」は成瀬巳喜男の「鶴八鶴次郎」や山中貞雄の「人情紙風船」、黒澤明「虎の尾を踏む男達」等々、数えきれない程の作品のセット美術を務めた久保一雄のセットデザインのスケッチ画や引退後の純粋な久保一雄の作品を多数展示してあったが、「人情紙風船」のデザインスケッチが観られた事に強く感動した。特に、スケッチ画には山中貞雄のセット設計に関する注文が書き込みがしてあったりしたので、生々しく山中貞雄を感じる事が出来て、山中ファンとしては大満足だった。
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久しぶりに会った元同僚達と中目の「Pizzeria e trattoria da ISA」に行く。
夜だったのでもちろん予約をしておいたが、お店に着くとテラスにも客がいっぱい。それほど寒空じゃなくて良かったねぇ、と思いつつ店内で席に着くとちょうど空調の真下で逆に暑いくらいだった。
MARGHERITA、ERNE、生地が素晴らしく絶妙なバランスのお味。PROSCIUTTOも良かったし、少なくとも我々のいた時の店員の対応はスムーズで無駄もなかった。料金はやや高設定ではあるが、中目黒価格&有名税が折り込まれている事を考えればCPは悪くないだろうな。

2011年1月30日

『横濱モダン案内』

連日のアジア杯TV観戦で寝不足...

モダン横濱展
横浜都市発展記念館で開催中の特別展『横濱モダン案内』展を観た。
何気に来ているモガ・モボ人気からなのか、単なる会期最終日だからなのか分からないが、思いの他人が多くてちと驚いた。
この手の郷土展示会って殆どパネル展示ばかりで、何もお金払ってまで観に行かなくても...と思えるものが少なくないのだが、今企画展は物品展示もそれなりで悪くなかった。ほぼ1年ぶりに志村立美画の「野沢屋ポスター」も再見出来たのでその意味でも満足度が高くなった。

2010年11月29日

『歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎』展

蔦屋重三郎展

サントリー美術館で開催中の『歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎』展を観た。

展示会概要を引用。

18世紀後半、安永・天明・寛政期の江戸には、浮世絵の喜多川歌麿、東洲斎写楽、戯作の山東京伝、狂歌の大田南畝(なんぽ)といった江戸文化を彩る花形スターが登場します。このスターたちの作品を巧みに売り出し、江戸文化の最先端を演出・創造したのが、版元の蔦屋重三郎でした。江戸吉原の人気ガイドブック『吉原細見』の独占出版、狂歌と浮世絵を合体させた豪華な狂歌絵本の刊行、当時の情勢を風刺した京伝らによる戯作の出版、歌麿の才能を存分に開花させた美人大首絵の発明、謎の絵師・写楽の"発見"など、次々と流行の最前線を創り出し、リードした人物です。本展では、この名プロデューサー「蔦重」の出版物を通して、多様な"江戸メディア文化"の華をご紹介します。

蔦屋重三郎は今で言えば大物出版プロデューサーでもありイベント仕掛人的存在と言える人でまだ無名の写楽をいち早く起用したり、当時は大首絵といえば役者絵でしか描かれなかった様式を遊女や芸者の浮世絵にも取り入れ当時これを大ヒットさせたり、歌麿や北斎、写楽など、当代一流の絵師にほぼ専属的な形で絵を描かせていた蔦屋重三郎というトレンドセッターを知らなかった私には嬉しい驚きと共に大変勉強になった。

やはりね〜いつの時代も流行仕掛人という存在はいるもんだし、またこういう蔦屋重三郎の様な存在がいた江戸時代の文化水準の高い、成熟した社会だったのかという事を改めて実感する事が出来た有意義な鑑賞だった。

2010年11月28日

中野京子氏の『ドガ展』 記念講演会

怖い絵
ジョルジュ・ド・ラトゥールの「ダイヤのエースを持ついかさま師」を表紙にしたのもまた良い。

この間観た『ドガ展』の関連イベントとして行なわれたドイツ文学者中野京子さんの講演会が横浜美術館であったので聴講した。
中野京子氏はメディアなどにも、たびたび登場する事のあるドイツ文学者で、著書に「怖い絵」1巻、2巻、3巻、や「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語」等々、美術が専門ではない故の新鮮かつユニークな視点で画家と名画とその名画の描かれた時代的背景を自身の考察を交えて紹介している著書を数冊発表している。

今回の講演は著書「怖い絵」1巻の中のドガ『エトワール、または舞台の踊り子』の章で書かれている事をメインに「ドガの時代」と題して、ドガの傑作エトワールを中心に"踊り子の画家"とも評されるドガの出自と思想的な背景、ドカと親交のあったマネやエミール・ゾラとの関わりにも触れながら、「エトワール」がどのような社会的背景から誕生したのか?ユーモアを交えての1時間半の講演会だった。

2010年11月26日

『THE 紫舟展』

紫舟展in三越
大河ドラマ「龍馬伝」や「美の壷」の題字などでお馴染みの書道家 紫舟の個展『THE 紫舟展』を開催している銀座三越へ。

場所が銀座三越という事もあるが、「龍馬伝」の題字を手がけた事による宣伝効果やご自身によるメディア媒体への活発な露出もあり、かなり大勢のお客で賑わっててちょっと驚き。紫舟氏ご本人も在廊していたが、ガヤガヤと画廊内がにぎやかな中インタビュー取材を受けていたのでさすがに声は掛けられなかった。

紫舟女史の手掛ける書の素晴らしさは、多彩な書体(力強い書から繊細な書まで)もさる事ながら、揺らぎを感じさせる筆質が独特で、眺め続けていると、書なのに書ではなく絵を観ているような気になってくるところだ。その上、彼女の作品世界は和紙に書く"書"だけにとどまらずオブジェのような立体造形物としての表現にも力を入れていて、書道家というよりもグラフィック・デザイナー的な柔軟で豊かな創造力にぐんぐん引き込まれる。

今後の活動にもますます期待。

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キャラメルと洋なしのロール
三越のデパ地下をウロウロ〜堂島ロールでお馴染みのモンシュシュで期間限定キャラメルと洋なしのロールを買ってきてしまった。久しぶりのモンシュシュのロールケーキだが、相変わらずきめの細かいスポンジと生クリームがたまらない美味しさ。

2010年11月15日

APECと『ドガ展』

ドガ展
  APEC開催中のMM21地区が厳戒警備のおかげ?で人出も少ないだろうから今のうちに行っちゃえ!という事で横浜美術館で開かれている『ドガ展』へ。
  案の定、想像よりも人が少なかったのでゆっくりじっくりと鑑賞できたのでラッキー。

  実は正直なところ、ドガにはあまり強い関心はなく、どちらかというとマネが好きな小生だが、やはり傑作「エトワール」と「マネとマネ夫人像」も来てるワケだからスルーするわけにはいかないね、やっぱり。
  ところで、ドガは後年、当時発売されたばかりのカメラに興味を持ち自ら撮影をしたり、写真をベースに絵を描いたりしたという事も知られているが、日常的な生活のなかで行なわれる何気ない人の仕草や動きをきわめて自然かつ、そして、時には大胆なポージングをも自然な姿に描いてしまう柔らかい品のある筆遣い。カメラを手にする前から既にカメラマン的な視野を持っていたとしか思えない完璧な構図設計の見事さに感嘆。
  この人もう少し後の時代に生まれていたら、画家ではなくフォトグラファーとして名声を得ていたかもしれないなぁ。いや〜ドガさん、お見逸れいたしました。

APEC オバマ
  APEC閉幕後、オバマ大統領がパシフィコ横浜を後にしそうだったのが街の雰囲気で分かったので、野次馬根性で少し待っていたところをパチリ。我ながら何とも情けない画像だが、どうにか大統領の乗っている車両を撮影する事は出来た。おそらくこのまま鎌倉の高徳院へ向かったのだろう。

2010年11月12日

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』

カラヴァッジョ
  レンタルDVDでだが、かねてから観たかった『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』を鑑賞した。
  日本では劇場公開された劇映画だが、本国イタリアではテレビの前・後編のミニ・シリーズで、それを再編集して一本の映画にしたらしいが、TVドラマにしては中々の撮影クオリティだなぁ〜と思っていたら、それもそのはず、撮影はなんとヴィットリオ・ストラーロ、と知って納得。

  映画「カラヴァッジョ 天才画家の光と影」 ビットリオ・ストラーロ撮影監督

  これまで、カラヴァッジョやイタリアン・バロック関連の専門書や美術書などの文字情報によって想像するしかなかった天才カラヴァッジョの創作風景や殺人を犯した後の逃亡劇など、彼の生きた16世紀後半から17世紀前半のイタリア社会を描いているので、この映画を観れば、今まで以上にカラヴァッジョの作品が好きになるし、あまりよく知らない人にとっても興味を持ちやすいだろうね。

  それにしても、街に溢れる娼婦達の衣装がおっぱいボロン状態だったり、娼婦を公開斬首刑する場面でも事も無げに生首ゴロンのショットを編集で処理したりせずに撮影しているのは中々に凄い。イタリアのテレビ放送レイティングはどうなってんのかね。


2010年11月 5日

『上村松園展』とか...etc

  中々、更新出来ずにいるが最近の目新しい出来事をまとめて記述しておく。

  ■東京国立近代美術館で開催されていた「上村松園展」を観る。
  これほどの作品が揃った上村松園の大回顧展を観る事が出来て本当に良かった。
  前期展示だった「焔」は国立博物館で鑑賞済みだったので今回はスルー。後期展示の「序の舞」は今回初めてじかに鑑賞したが(「序の舞」がお目当てだった)松園の細やかな筆遣いと女流ならではの観察眼の鋭さに改めて敬服する。

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  ■馬車道にあるEspresso Bar visvivaに行く。
  行こう行こうと思いながら最近は馬車道に寄るタイミングがなく、ずっと行きそびれていたからね。
  Espresso Barといってもイタリアン・テイストではなくニューヨーク・テイストの雰囲気。まぁ、バーニーズ・ニューヨークのカフェ的と言ってしまったらそれまでだが、山下町界隈ではなく馬車道にあるって事がある意味、貴重。
  "エスプレッソ"の味にも量にもかなりのこだわりを感じさせ、横浜界隈で楽しめるエスプレッソとしては中々に意欲的というか野心的。色々大変かもしれないが、頑張って定着してくれる事を希望したいね。

2010年8月29日

『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』

ようこそアムステルダム国立美術館へ

  渋谷のユーロスペースで『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』を観た。

  ユーロスペースで映画を観るのは久しぶりだが、上映中の劇場内が暑くてかなわなかった。エコ節電でなのかどうか知らないが、場内の気温が上昇すると空調が効いてくるのだが、そうすると今度は空調が止まってまた暑くなってくるまで動かない。温度上昇に反応するのか、一定間隔で作動するのか分からないが、こう暑いとずーっと効かせてくれないと逆に苦痛だ。空調が効いている時だって、それほど涼しいというワケでもないんだからね。暑い上にシートにずっと座って動きが自由にならないから、途中でやや集中力を欠いてしまった。

  『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』はレンブラントやフェルメールなどを所蔵するアムステルダム国立美術館の改築工事に密着したドキュメンタリーで、2004年に大規模な改装工事が始まるものの、度重なるトラブルによって工事が進まない美術館改築をめぐる騒動の全容に迫るという内容。とにかく美術館サイドのやる事なす事がトラブル続き。
  改築後の歩道と自転車用通路の利用をめぐって地元の市民団体とのトラブルを手始めに、手狭になった美術館の脇に増築する新センターが景観を損ねると反対されるわ、その度にテコ入れを強いられ意欲を失いかける建築デザイン会社。改築の為の許可証の膨大な数と関係各所の根回し、意欲的だが傲慢な権力者と批判に晒される美術館長。おおよそ芸術的な世界とは掛け離れた俗な現実世界。とにかく、考えられる全ての問題に一々、クレームが付き、昨日決定された事が翌日には覆される事の連続。そんな中でアジア館部長である学芸員の男性が新美術館の目玉として日本から購入した仁王像を目の当たりにして嬉々としている姿が救いのシニカルなユーモア・ドキュメント映画だった。

  劇中「誰も責任を取ろうとしない、いかにもオランダらしい仕事のしかただ」という発言が飛び出すが、この"オランダ"の部分を"日本"とお置き換えてもピッタリハマる。所謂、お役所仕事というのは万国共通なんだな...。

2010年8月22日

「126 POLAROID ーさよならからの出会いー」展

レディ・ガガ

  横浜美術館アートギャラリーで開催中のポラロイド写真展「126 POLAROID ーさよならからの出会いー」を観た。
  本展は2008年に製造・販売中止となった「ポラロイド」というメディアを再考するプロジェクトを発足した多摩美の作品を中心とした写真展で、今写真展は荒木経惟、森山大道、杉本博司など写真家、美術家、研究者、学生等の作品とあわせて横浜美術館所蔵の大判ポラロイド写真を展示していた。
  学生達の作品は被写体の選び方やアイデアがポラロイド写真の持っているチープな魅力とマッチしててなかなか面白かった。

  上の作品はマウリッツオ・ガリンベルティ撮影のレディー・ガガをモデルとしたポラロイドモザイク作品。

巨大カラス
  展示会を観終わった後、美術館正面フロアで涼んでいると、な、な、なんと全長180センチメートル以上はあると思われる巨大カラスに睨まれてかなり焦った...

と、いうのはジョークで、実は吉村益信の1969年の「大カラス」という作品オブジェだった。

2010年8月17日

『浮世絵動物園』展

浮世絵動物園
大田記念美術館で開催中の「浮世絵動物園」展を観る。

  北斎から歌川派の多数の浮世絵師、その他、数々の絵師の浮世絵に登場するさまざまな動物が描かれている絵を展示していて、鳥獣戯画の描かれた始めた平安時代の昔から動物を擬人化して描くという発想が延々と現在まで受け継がれてきているという事が素晴らしいし、江戸の市井の風景にごく自然に描かれている犬や猫な様子を見ると、昔から動物と江戸の人々との距離感や関わり方が素朴だった事が伝わってくるし、江戸時代という時代も身近に感じられて楽しい気分になる。

歌川国芳 蝦蟇手本
  歌川国芳「蝦蟇手本ひやうきんぐら」

 
  余談だが、夜、家に居ると何気に外からドーン、ドンドンド〜ンなどと響いてる事に気づき「雷雨か?」と音が響いてくる方へ行き外に出てみると確かにドドド〜ンとか聞こえる。ただし雷とは少し違う。まるで爆撃の様な響き方で人工的で規則性があるようにも感じられる響き方だった。音自体が人工的な音という感じではないが、響くタイミングが人工的な感じ。
  花火かとも思ったが、由比ケ浜や横浜、八景島の花火大会ならハッキリ見える筈だし、音はもっと大きく聞こえる。しかし、どの大会もすでに終わってるし、まだの大会も今日ではない。
  
  結局、よく分からぬままに数十分すぎたが、音は続いているので、また外へ出て夜景に目をこらしていると、なんと木更津方面で花火大会をしているではないか。音の正体は木更津の花火大会の爆発音で、その音が浜風に乗って横浜までやってきたのだった。たしかに木更津は家から見えるし、過去に花火も見えた事はあるが、ここまで音が響いてきた記憶はないので、ちょっと驚いてしまった。

2010年8月10日

『ブリューゲル 版画の世界』

ブリューゲル版画の世界

  ピーテル・ブリューゲルの版画展をBunkamura ザ・ミュージアムで鑑賞。

  「バベルの塔」や数年前のベルギー王立美術館展でもやってきたブリューゲル(父)?による
「イカロスの墜落」などでも有名なブリューゲルの全版画とブリューゲルの同時代、後継作家の版画も合わせて150展を紹介する展示会なのでとても楽しみにしていた。

  鑑賞客は場所柄もあるのか、全体的に20代の女性が多く、決して芋洗い状態という程の大混雑ではないが(もちろん、それなりに混雑はしている)展示作品が、決して大きいものではないし、ものすごく微細に書き込まれている下絵の版画なので、みんなが覗き込むような感じで、中々その場所から動こうとしない。内心(こいつら、閉館時間までこのペースで全部、観きれると思ってんのか?)と腹立ち紛れにも心配してしまうくらいにノロマな状態だし、挙げ句に学芸員や係員も進むように促さない放置状態(そのくせ見張ってる係員の数はむだに多い)だから、途中で「図録買うからいいや」と半ば諦め状態で流し観た感じになってしまった。

  これから観に行く人は、私の様な割り切り方をするか、もしくは忍耐力に自信のある人はその力を発揮する覚悟が必要だろう。あと時間的余裕もね。

バベルの塔
  「バベルの塔」

2010年7月28日

「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」

マン・レイ展
  国立新美術館で始まった「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」を観た。

  マン・レイの膨大な作品の中から400点に及ぶ作品が展示されており、まさに回顧展と呼ぶに相応しい作品数で、偉大なフォトグラファー、マン・レイというよりも偉大なアーティスト、マン・レイを感じる事ができる。中でもヨーロッパ巡回中には全部を展示するのに間に合わなかったというカラー写真のポートフォリオが今回は全て公開されているし、なによりも写真に限らず、スケッチ、デッサン、デザイン物、手紙、それにマン・レイによる短編映画も上映されており、まさにマン・レイの創作の秘密の一端を垣間見れる展示会だった。

  展示会場の出口付近には篠山紀信撮影によるマン・レイのアトリエとジュリエットの写真が展示してあり、ちょっと嬉しいおまけ付き。

キキ花束を持つジュリエット

2010年7月11日

『生誕250周年記念 -北斎とその時代- 』

北斎展
  神宮前の大田記念美術館で開催中の『生誕250周年記念 -北斎とその時代- 』を観た。
  前期・後期と展示物が多少差し替えられるので前期も観たかったのだが、行きそびれてしまっていた。どちらかというと、本当は前期の方がより観たかったのだが、仕方ない。

  北斎の傑出した構図の設計と、ヤリ過ぎではないか?とも思える程の大胆なデフォルメは北斎ならではの持ち味で、個人的には絵師の気迫、筆遣いが直に伝わりやすい肉筆画の方が好きではあるが、版画は絵師のセンスが肉筆画よりも純粋に表れるので北斎の凄さがストレートに伝わってくるし、版画は各パートの職人達との分業による作品なので、絵師を支えるそれら分業に寄る職人の確かな仕事ぶりも垣間見る事が出来て楽しい。

富嶽三十六景「駿州江尻」
富嶽三十六景「駿州江尻」
  飛び散る紙と笠で風を表現しているこの躍動感が北斎の大きな魅力。強風なのが素晴らしい。

富嶽三十六景「遠江山中」
富嶽三十六景「遠江山中」
  対角線を結ぶ様に真ん中にドーンと木材を配置し、まるで絵を二分割するかのような大胆と木材を支える柱脚の間からのぞく富士がイイ。

葛飾応為「吉原格子の図」
葛飾応為「吉原格子の図」
  実は今回、一番観たかったのは北斎の娘、応為の絵。展示されていたのはこの「吉原格子の図」ではないが、美人画を描かせたら北斎も唸ったと言われる応為は明暗を描く事に深いこだわりがあり、女性絵師ならではの鋭敏な心理描写と繊細なタッチがたまらない。


びいどろ
  W杯決勝までスペインが勝ち上がった事を祝う為、というワケでもないが、友人たちと久しぶりにスペイン坂のびいどろへ行った。
  リーガ・エスパニョーラでの熱狂に比べいつもイマイチ冷ややかな扱いの代表だけど、さすがに今回は千載一遇のチャンスだけにスペイン国内も盛り上がってるだろうな〜。今回、勝っておかなきゃウソだろ。ま、それはオランダもだけど...

2010年7月 4日

ナポリ 宮廷と美 「カポディモンテ美術館展」

カポディモンテ美術館展
  上野の国立西洋美術館で開催中の「カポディモンテ美術館展」を鑑賞。
  最近は上野は上野でももっぱら東博通いばかりで西洋美術館の方はちょっとご無沙汰になってしまった。いつ以来かもハッキリ憶えてない...たぶん「ベルギー王立美術館展」以来かも、もしそうなら早2、3年ぶりとなる。なんせここ数年は日本美術に完全に傾倒していたからね。ま、今でもそうだけど、スペイン、イタリア美術も疎かにならない様にしないとね。ボルケーゼ美術館展はスルーしちゃったし...。

ユディトとホロフェルネス
  アルテミジア・ジェンティレスキの「ユディトとホロフェルネス」 

  今回、個人的に一番観たかった作品、

  アルテミジア・ジェンティレスキ自身の暗い体験が色濃く反映しているのではないか。と、解釈されているが、まだ10代の時にジェンティレスキが被った不幸に対する復讐心がこのユディトと殺人を共謀する侍女と二人の毅然と殺害をやり遂げようとする意志と首を切り落とそうとしている二の腕に力を込めているユディトのやや冷笑的にも見える表情が、恐ろしくも凄まじい描写力で表現されていて本当に素晴らしい。

  ナポリ派にとってバロックはカラヴァッジョからスタートしている訳で、同じ主題の先例としてカラヴァッジョの「ホロフェルネスの首を斬るユディト」があるけど、カラヴァッジョよりも写実性の高く、鬼気迫るこちらの画の方が好きだし、アルテミジア・ジェンティレスキ自身が後に模写したウフィツィ美術館にある方よりも圧倒的に良い。

グイド・レーニ
  グイド・レーニ「アタランテとヒッポメネス」

  このグイド・レーニ「アタランテとヒッポメネス」は実はプラド美術館にもあり、美術家の間では、プラド美術館にある方が、このカポディモンテ美術館の画よりも先に描かれたもので、画の寸法もやや大きいらしいが、カポディモンテ版の方が個人的には素晴らしいと思うし、実際、質の高いのはカポディモンテ版の方だという。

  これまで美術というとどうしても、フィレンツェやヴェネチア、あるいはローマ方面ばかりにどうしても目が向きがちだったが、カポディモンテ美術館の渋くて優れたコレクション(特にバロック作品)が他所に負けず劣らず豊富で南イタリアのナポリがやはり芸術的にも、とても重要な土地であった事の認識を深める事が出来た。

2010年6月 9日

志村立美 美人画展

志村立美 美人画展

赤レンガ倉庫で開催されていた志村立美の美人画展へ行ってきた。
4月にハナサキ画楼へ行った時に「6月に赤レンガで展示会やります」と聞いていたので、画廊では展示されてなかった作品が観られればよいなぁ、と期待していたが、期待通り最も気になっていた「緋牡丹博徒」の映画ポスター(4月4日記事)と野沢屋のポスターを観ることができた。
しかも「緋牡丹博徒」のポスターは今年のカンヌ映画祭の海外向け日本映画パンフレットに使用されたらしい。カッコいいもんな〜あのポスターマジで。

「娘」 志村立美 画

展示会を鑑賞していた他の男性が帰りしなに「みんな同じ顔だね〜」なんて感想を漏らしていたが、美人画といっても、別に美人顔画を描きたい訳ではなくて日本美人の美しい着物姿や仕草から醸し出される情緒を志村立美は描いてるんだから。

トウフ屋だからトウフしか作れない小津と同じなのだ。

2010年4月11日

川喜多映画記念館と鏑木清方記念美術館

川喜多映画記念館
オープンしたばかりの川喜多映画記念館に行ってきた。
旧川喜多邸を改装した記念館は映画スチールやポスターや機材が多数展示しており、情報資料室にはキネマ旬報のバックナンバーや映画関連の書籍が自由に閲覧出来るようになっているし、35、16ミリフィルム兼用映写機を備えた上映室も完備しているので、日本の映画文化に多大なる功績を残した川喜多夫妻の旧宅で名画鑑賞できるようになるというのはとても素晴らしいことだし、現在、鎌倉には映画館が無いので、その意味でもとっても喜ばしい。

京橋のNFCにはもちろん遠く及ぶべくもないが、川喜多FCと呼ばれるような企画や資料展示の充実を期待したいなぁ。

川喜多映画記念館02川喜多映画記念館03
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鏑木清方記念美術館
鏑木清方記念美術館にも寄ったが、館内は結構混雑していて、鎌倉観光のついでに覗いてみた。という感じの人だけでなく、鏑木清方や日本画の愛好家(当たり前か)が多く見受けられて鏑木清方の根強い人気が伺える。
優美で流麗な鏑木の画は本当に美しくて観ていても飽きる事がないくらい素晴らしい。

鏑木清方「朝凉」
「朝凉」(1924)

2010年4月 4日

志村立美と美人画

志村立美
志村立美と言えば今の50代前後から上の世代にはとても馴染み深い名前かもしれない。
口絵、挿絵画家の大家で晩年は美人画の巨匠として有名だった人だけど、若い人にはあまりピンと来ない名前になってしまっているのがとても残念なのだが、その志村立美の作品を専門に常設展示しているハナサキ画樓を覗いてきた。

志村立美の専門の画廊が桜木町にあった(といってもまだ新しいようだが)のも驚きだったが、画廊のある花咲町に若い頃、志村立美が住んでいたという話しに驚いて、思わず画廊の人に「画樓を開く前にその事は事前に知っていたのですか?」と質問すると、「いや知りませんでした。」と言われ、その偶然にさらに驚いた。

志村立美は幼少を中区で育ち、画家を志した頃に伊勢佐木町にあった野沢屋(松坂屋)の改築落成ポスターを描いた事もあると、横浜に縁深い人だった事を知り妙に嬉しい気分。

その後もしばらく絵や資料など見せてもらいながら色々と話しをしているうちに志村立美の図録とか作品集はほとんど無いし、あっても高価ですよね〜。などと話しをした後、その足で図書館に向かい、調べてみると幸いも志村立美画集「かんざし」が置いてあったので、すかさず借りて帰ってきた。

志村立美01志村立美02
上の絵は画集「かんざし」にも掲載されている志村立美による映画ポスター「藤十郎の恋」と「緋牡丹博徒」
「藤十郎の恋」の京マチ子や「緋牡丹博徒」の藤純子など、良く似ている上に艶っぽく色づかいも素晴らしくカッコよくて、思わず「欲しい!」と叫びたくなるようなポスターだ。

2010年3月22日

「生誕130年記念 鰭崎英朋展 −明治・大正の挿絵界を生きる−」

鰭崎英朋展
弥生美術館・竹久夢二美術館で開催中の「生誕130年記念 鰭崎英朋展 −明治・大正の挿絵界を生きる−」に行ってきた。

鰭崎英朋展01鰭崎英朋展02
新進気鋭の日本画家として出発し、後に挿絵画家の先駆者として活躍したのだが、当時は(今もか)絵画至上主義の世で挿絵画家は一段も二段も低く見られていた為、今日では知る人ぞ知るといった存在にまで追いやられてしまっていたが、近年再評価の兆しがあり、今回の回顧展をキッカケに鰭崎の美しい作品が人の目に触れる機会が増えれば良いな〜と思う。

鰭崎英朋「女今川」


ダジャレじゃないけど、折角なので今夜は鰭酒で晩酌。
鰭酒


鰭崎とは関係ない話しだが、気になってた甲斐庄楠音の初画集を紀伊國屋で偶然にも立ち見する事が出来た。う〜ん...やっぱり欲しいな。

2010年3月 6日

『没後400年特別展 長谷川等伯』を観る

長谷川等伯

『没後400年特別展 長谷川等伯』の開催期間が1ヶ月間とさほど長くないので、久しぶりに朝イチから東博へ。
東博開場20分前位に着くと既に5、60名位の列が出来ていたけど、まぁまぁ、想定内。いざ入場となり、歩きながら行列の後ろを振り返ってみると、すでにアリの行列のようにゾロゾロ。
それでも午後の時間帯などに比べれば遥かに鑑賞し易くて一点一点に時間を掛けながら見学する事が出来たので平成館の展覧会鑑賞としては久しぶりに満足度の高い鑑賞環境だった。

まぁ、長谷川等伯としては過去最大級の大回顧展なので少しでも気になっている人は絶対に行っておくべき。圧巻は約10メートルの「仏涅槃図」だ。あれだけ大迫力の涅槃図は中々観れるものではない。

長谷川等伯展図録
定価2500円の図録は350頁近くあり、中々の重量感で読み応え見応え有りの内容なのでもちろん購入。

2010年1月25日

「肉筆浮世絵の美 氏家浮世絵コレクション」展

氏家浮世絵コレクション
鎌倉国宝館にて展示中の「肉筆浮世絵の美 ー氏家浮世絵コレクションー」展を鑑賞。
一品制作の為、数が少ない肉筆浮世絵の海外への流出を防ぐ意味も含めた蒐集・保存を行なってきた氏家武雄氏のコレクションの中から葛飾北斎を中心に歌川広重、菱川師宣、勝川春章、等々の作品展示会で、個人的に版画より肉筆による筆の柔らかい浮世絵が好きな私には、どれもこれも素晴らしい作品の数々で、その中でも特に北斎の絵描きとしての貫禄と技術のスゴさがビシビシ伝わってくる。
これまで北斎には特に強い関心を抱いてこなかったが、これを機に葛飾北斎をちょっと勉強しようと思う。
梅

2009年12月22日

『ユートピア 描かれし夢と楽園』展

出光美術館からの眺め
恒例の怠け病が発症中で更新しなきゃ、しなきゃ、と思いつつ時間が経ってしまい更新しそびる今日この頃。

出光美術館で開催していた『ユートピア 描かれし夢と楽園』展に行ってきた。
出光美術館に行ったのは今回初めてだったが、入り口でちょうど帝国劇場のお客の出入りに巻き込まれたりしたけど、エレベーターでビルを上がり出光美術館の中に入ってみると中々、良い眺め。

2009年12月 1日

皇室の名宝 第二期

皇室の名宝第二期
第二期は「正倉院宝物と書・絵巻の名品」と題した名宝の数々が展示されていたが、ちょっと感動したのは法隆寺から献納された日本人なら誰もが知っている「聖徳太子像」と聖徳太子筆の「法華義疏」だろう。まぁ、だいたいが聖徳太子なる人物はいたかどうかも怪しい訳なんだが(もちろんモデルはいるが)それでもその聖徳太子の原型となった王子による直筆だと思うと、これは時空を超えて今自分の目の前にあるかと思うと感慨深い。それにしても、まぁ、達筆な事で(当たり前か)訂正というか修正箇所なんかもあったりして、歴史が生々しく感じられる。

それ以外にも鎌倉時代の婆娑羅大名佐々木道誉の愛用の太刀などが展示されていて一人で大興奮の第二期展示会だった。

2009年11月26日

ヨコハマ国際映像祭2009

友人からヨコハマ国際映像祭2009「CREAM」に行かないかと誘われ、暇だったので付き合った。
まぁ、正直なところ現在、映像系のインスタレーションに関心が希薄なので入場に1300円は高いし、これと言って語るべき言葉もないな。

数カ所で同時に行なわれている映像祭だけど、時間的関係で新港ピア会場のしか鑑賞する事が出来なかった(どうせ観るなら黄金町でやってるのが観たかったが)のも大きいが、「DEEP IMAGES」というVJライブイベントがあったのでヒョイと覗いてみると固いコンクリート床に座布団付きとはいえ座らされ、このイベントの中心であるNHKのディレクターがNHKアーカイブスの説明を延々とする為、なかなかライブは始まらないし、始まったら始まったで会場内が温かくてウトウト...土足で胡座や体育座りだから足は痺れてくるし...
誘われたとはいえ、なんでオーケーしてしまったのか...自分自身を疑うが、こんな事なら友人を巧く誘導してショートムービーなどをも催してる藝大の馬車道校舎会場の方が幾らかマシだったのでは、と激しく後悔の念。

ただ、映像祭自体がダメと言う訳ではなく、興味のある人は時間をちゃんと作って全会場を廻れれば充分楽しめるイベントなのだろう、あいにく今の私はハマらなかっただけで。

2009年10月13日

「皇室の名宝」展

皇室の名宝展
三連休の初日に、かねてから楽しみにしていた東博で始まった「皇室の名宝」展に行ってきた。
円山応挙、狩野永徳や上村松園なども、もちろん楽しみ展覧会だが、おそらく展覧会に行く人の多くがそうであるように、私もご多分にもれず伊藤若冲の動植綵絵全30幅をこの目で観るのが大目的だ。
その動植綵絵30幅の中の一幅、「群魚図」に描かれているルリハタという魚には、ドイツで作られたばかりの顔料であるプルシアンブルーを使って独特の色彩を表現しているが、日本でプルシアンブルーの顔料が使われ始めたとされる時期よりも10年も前に使っていたという事実には驚かされる。
実は、数年前の平成館で行なわれた若冲展の時も、それに連動する形で三の丸尚蔵館で数期間に分けて公開されていた動植綵絵だけど、その時期にはあいにく全てを観に行く事が出来ず、幾分か満たされない気持ちが残っていたが、今回の全30幅を一度に鑑賞する事が出来たので、数年越しのモヤモヤが一掃されてとても良かった。

もちろん、それ以外にも、七宝焼きの壷や高村光雲の木彫も含め、素晴らしい美術品の数々なのだが、今展覧会は第一期、第二期と展示内容を全て入れ替えてしまうので、気になっている人は急ぐべきだろう。

2009年5月28日

再訪 国宝「阿修羅」展

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なんとなく面倒臭くてブログ更新を怠けていたら、「阿修羅」展ネタが続いたエントリーとなってしまった(苦笑)やる事多いしMovableTypeもバージョンアップしたらモロモロの操作が面倒くさくなった事もあって記事更新するのもますます億劫になってきてしまった。

ま、それはさておき、そろそろ会期も終了し、九州へ移動されてしまう前に、もう一度しっかりと拝んでこようと再び、上野国立博物館へ。

前回は予定の都合もあって本館展示をスルーしたので、今回はやや本館展示の鑑賞メインで時間も余裕を持って入館。この点は「阿修羅」展が入場時間を延長していてくれているのが助かった...のだが、それでも結局展示最後の方は本館の閉館時間間際で足早に見学しなくてはいけなくなってしまった。本館ミュージアムで時間を使いすぎたせいだ(苦笑)
そして再び阿修羅のいる平成館へ移動すると館内への入場までの待ち時間は前回程ではなかったものの、館内の混雑ぶりは間違いなく前回以上の混雑ぶりでまいった。阿修羅像の周りなんてそれこそ大変な人混みで係員が「前列の方は恐れ入りますが足だけは止めずに一歩づつ横に移動しながらご観覧下さい~」なんていっているが、一向に埒があかず結局前列に入り込んで係員が自ら動いてなんとか人の輪を動かしていく有り様。ガラス張りじゃないから見物客も係員も違う意味で双方必死だ。私は二度目という事でグルグルと展示ルームを何往復かしながらお目当ての阿修羅像も含め八部衆を穴が開きそうな勢いで眺めてきた。なんせ展示ルームを逆流しないように誘導されるのでね。

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2009年5月 7日

国宝「阿修羅」展

国宝阿修羅展

国立博物館の平成館でやっている興福寺創建1300年記念の展覧会、国宝「阿修羅」展を観てきた。

近年の仏像ブームも相まって大変な混雑で観に行く事を躊躇ったりもしていたのだが、興福寺の阿修羅もさることながら、個人的には最も好きな八部衆(特に迦楼羅)も合わせてこの東京で鑑賞できるなんてこれが最初で最後だと思い直しイソイソと国立博物館へ向かったが、到着してみると事前のチェック通り、入場まで1時間待ちの状態だった。


展示会場の平成館
入場後、展示用の強化ガラスで遮られる事なく、阿修羅像や八部衆像、十大弟子像との対面(対面といって差し支えないと思う)はただただ感激、同じ空間を共有できたという喜びを感じられて、展覧会に足を運んでから数日経つが、その時の喜びの余韻からまだ醒めない。
本当に素晴らしいものだった。

販売会場は展示室以上に大混雑していたが、高級感のある立派な装丁の図録を購入して帰ってきた。

観覧後は周辺を散策。

旧帝国図書館01旧帝国図書館02黒田記念館東京藝術大附図書館旧東京音楽学校奉樂堂池田屋敷表門黒門

2009年2月 8日

江戸東京博物館の常設展示室

この間、江戸東京博物館に行った時にカメラ撮影OKという事で撮りまくってきた画像の一部を公開。後日、ギャラリーにもう少し多く画像を掲載する予定。

芝居小屋・中村座 江戸初期、寛永年間の日本橋北詰付近の町 江戸初期、寛永年間の日本橋北詰付近の町2 助六の舞台 朝野新聞社 浅草・凌雲閣

2009年1月31日

『珠玉の輿~江戸と乗物~』展

珠玉の輿~江戸と乗物~

先週末の事だけど江戸東京博物館で開催中の『珠玉の輿~江戸と乗物~』展に行ってきた。

両国国技館前は千秋楽前と朝青龍が名前を貸してるチャンコ屋のイベントらしきもので人が行列ができていたが、こちら江戸東京博物館の方も篤姫の輿入れの時の籠観たさに人がいっぱい(まぁ、自分もその一人なんだけど) 入場早々、大河ドラマ『篤姫』の撮影で使用された大道具篤姫の籠レプリカが展示しており、そこで立ち止ってしまうと、すかさず警備員が「これはドラマで使用された物で、本物は後だよ~、ここで列に並んでても進んでいかないからどんどん歩きながら観た方がいいですよ~」なんて言っていた。言われずとも、私は元々せっかちでノンビリ並びながら鑑賞する性分ではないからそのつもりだけどさ。などと思いながらサクサクと鑑賞。

展覧会では篤姫、本寿院、和宮の輿や籠を中心にしながらあらゆる時代の男性、女性用の籠や輿、それにまつわる絵巻、書物、嫁入り道具、等々大変貴重な品々が数多く展示されていて歴史好きや大河ドラマが好きという人のみならず楽しめる。 個人的に感動したのはスミソニアンが所有している篤姫の輿はもちろんだが、家康が関ヶ原の合戦で使用したとされる籠や家康が使った鼈甲の鼻眼鏡や鉛筆などの品々。

籠などは真田幸村の鉄砲隊に撃たれて貫通した跡が生々しく残っているし、鉛筆などは日本に現存している最古の鉛筆らしい。その時代に鉛筆が合った事も驚きだけど、家康が使っていたという事実が感動的だ。

でも、私が一番感動したものは遠山の金さんで有名な遠山左衛門尉景元が痔を患っていて痛いから駕籠で登城したいと駕籠の使用許可を申請している書状だ。当たり前だがこの書状にちゃんと金さんの花押もありすごく生々しくて良い(本物だから生々しいのは当たり前だが)。

観客は年配者も多かったが、意外と若い女性やカップルも多く、ドラマ『篤姫』効果もさることながら、巷間、伝えられる若い女性による歴史人気が事実だという事も何となく感じられた展示会だった。

2008年12月19日

『アンドリュー・ワイエス 創造への道程』

アンドリューワイエス

ウッカリ書きそびれていたが、『アンドリュー・ワイエス 創造への道』会期終了が間近に迫っているので観てきた。

ワイエスは私が人生でほぼ初めて感銘を受けたといっても良い画家で、小学生の時、学校の美術室に飾ってあった額がいつも(惹かれていたという意味で)気になっていて、ある時にその額に顔を近づけ舐める様にマジマジと観察してみると、絵画なのか?フォトグラフなのか?…私はどちらか判らずちょっと戸惑いどう感動していいのか感動の仕方が分からなかった。名前が「A・ワイエス」とあったので、その名前を覚えておいて後で調べてみると「アメリカの画家」と書いてあり改めて驚いた。

人が描いた絵が実写を超える写実性を持つ事を理解したのはその時が初めてで、それ以来ワイエスは私にとっては忘れ得ない画家となった。91歳となった今でも元気で創作意欲に溢れているというのも素晴らしい。

 まだ観てない人は是非観ておいて損はない、と言うか感動する事、間違いなし。

2008年10月14日

BankART Life2「心ある機械たち」

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現在開催中の『横浜トリエンナーレ2008』に併せてBankART1929で公開されている「BankART LifeII」を観てきた。

かねてから観たいと思っていたヤノベケンジ氏のViva Riva Project - Standa -が生で観れただけで充分満足なのだが、牛島達冶、今村源、等々、多数アーティストによる“心ある機械たち”作品もユニークさと温かみを兼ね備えた作品ばかりでどれもジぃーっと時間を忘れて見入ってしまう。

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このViva Riva Project - Standa -はランダムに動き出すのでタイミングよく観れる人もいれば、待ってても動かないので諦めてしまう人も多々いた。(動き出す間隔は一定ではない)私は運よく何回か観る事が出来たが…

その時の様子をデジカメのムービーモードで撮影した動画をYouTubeにアップしたので公開してみたが、人は横切るし、ムービーモードの時間枠に一連のモーションが収まらずちょっと尻切れっぽいのはご愛嬌という事で(苦笑)

2008年10月10日

「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」

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「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」を観に六本木の国立新美術館へ行った。

国立新美術館に入るのは初めてだったが、招待だったので美術館の休館日に混雑に悩まされる事無く、自分のペースで鑑賞できた。おそらく普段だったらピカソ展も国立新美術館も混雑と無縁という事は有り得なかっただろう。まぁ、もちろん招待客がそれなりに大勢いたのでガラガラってワケではないのだが。

ピカソ展というと30年くらい前に親と観に行った。と言う、微かな記憶と、その時の図録をその後に何度も眺めたという事しか覚えていないのだが、今回の回顧展はその時とはまた違う作品が数多く来ていたのでとても新鮮だしブロンズの彫刻は個人的には絵の方よりも好きなので、それらを鑑賞出来たのも刺激的だった。

2008年9月30日

『ジョン・エヴァレット・ミレイ展』

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『東南角部屋二階の女』鑑賞後、『アキレスと亀』を観るつもりでいたのだが、ユーロスペースへ向かう途中、Bunkamuraザ・ミュージアムでミレイ展を開催している事を思い出し急遽、ミレイ展を観る事にした。

ああ、もう、どう表現したら言いか分からない程の素晴らしさ。タッチの繊細さは言うに及ばずなのだが、一瞬の人の体の動きと心の連動を理解し、それを具体的なイメージとして再構築させキャンパスにとじ込めていく。
ただただ、見惚れるほかない。

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余談だが、ザ・ミュージアム前で魔裟斗と矢沢心が仲良く歩いているところをすれ違った。夫婦して似たようなファッションだったが、これまた夫婦して私の掛けてたティアドロップより二回りは大きいティアドロを揃って掛けていたのがなんか面白かった。

2008年7月22日

「横濱モボ・モガを探せ!again」

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BankART1929がぴおシティのギャラリーで戦前の「モダンボーイ」「モダンガール」の写真展を開催していたのでちょいと覗いてみた。

「横濱モボ・モガを探せ!」は、「モダンボーイ」「モダンガール」を略して「モボ・モガ」と呼ばれる流行を捉えた最先端の若者たちの写真を収集、公開するプロジェクト。当時の写真を集めることで、地域の新しいネットワークを築くほか、写真を手がかりに先人たちの経験を学ぼうと企画された。

写真展は2006年にスタートし、今回が2回目。これまで約1,000点の写真が寄せられ、デジタルデータとして保存されている。今回はその中から約70点を展示している。

同プロジェクトでは現在、今秋開催予定の展覧会に向けて、函館、新潟、横浜、神戸、長崎の開港5都市に範囲を広げて建物、街並み、風俗をテーマにした写真を募集している。


戦前のモダンな彼、彼女等の姿はまさに清水宏の戦前のサイレント作品「港の日本娘」に出てくる井上雪子や江川宇礼雄そのままといった感じでイカしてる。近日、活弁付きで「港の日本娘」を再び観る機会があるが、映画がより真実感を持って鑑賞できそうで楽しみになってきた。

bankart1929

2008年7月13日

4人が創る「私の美術館」展

4人が創る「私の美術館」
横浜美術館のコレクションの中から茂木健一郎、はな、角田光代、荒木経惟がそれぞれの視点で選び抜いた作品の展覧会でこの日は偶然にもはなちゃんのトークショーもありちょっと儲けた気分で拝聴。はなちゃん自身も照れ臭そうに言っていたが、仏像の話に及ぶとついつい熱くなり学芸員も苦笑してしまう位の語りっぷり。育ったエリアも世代も殆んど私と同じなので、時折出てくる地元話はついつい「うんうん」と会話しているような気分になった。
善財童子


観覧中、松井冬子の画の前でジーッと30分は食い入るように見つめていた女性が(おそらく松井冬子ファン)印象的だったが、あの画の中の少女の繊細な表情と構図は中々素晴らしい。メディアに載る松井冬子と殆んど二、三の作品くらいしか認識していなかったけど、実際に作品を目の当りにしてみると女性らしい彼女独特の視点が際立っていてなるほどその女性ファンの気持ちが良く分かる。ああいった画を描く画家は現在、他に見当たらないもんね。

2007年12月 2日

『鳥獣戯画がやってきた!』展

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六本木ミッドタウン内にあるサントリー美術館で開催中の「鳥獣戯画がやってきた! ― 国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌」を鑑賞。
この「鳥獣戯画がやってきた!」の展示は前期・後期と二部構成になっていて、前期の方は行きそびれいたのでなんとか後期は観ておきたかった。
感想はどうだったかなんて、ちょっとヤボな話だけど作者不明のこの鳥獣戯画がどのような意図をもって平安時代に書かれたのか?この時代から既に猿や蛙、兎を擬人化する表現技法や社会風刺が存在するという事が驚きでもあり日本美術の奥深さである事を感じさせてくれる。小難しい美術書や古書なんて読むくらいならこの絵を観た方がよっぽど色々な事が理解出来そうだと思う。それくらい無数の情報がこの戯画に織り込まれている。そして何よりも見ているだけで単純に楽しい。
鳥獣戯画以外でも室町時代の勝絵絵巻なんか、とてもここでは書く事出来ないような事柄を描いていて思わず笑ってしまう。愉快にも程があるというか、愛すべき馬鹿な日本人とでも言うか…(笑)
まぁ、何百年経とうと遊びの本質は変わらないんだな、という事が解って男の私にはものすごい感慨深いものがあった。

図録とエコバッグ図録モダンでラグジュアリーなミッドタウン
※画像をクリックすると大きい画像が表示されます。

2007年11月18日

『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』

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今年はイザベル・ユペールの作品展があったり、ブレッソンのお台場や国立での写真展、メディアでの盛り上げなどで、いつになくブレッソン熱が高まっていた年だった思う。
ブレッソンは好きな写真家だけど尊敬しているのはキャパ。「ブレッソンを好き」なんて口にするのはナイーブな私には正直赤面モノのだが(好き嫌いで論じるレベルの写真家じゃないので)それでも他に表現する言葉が見つからないので陳腐この上ないが、やはり"好き"と言ってしまう。一昔前に"リドリー・スコット好き"と、のたまうのが流行ったのと同じだ。私も久しく言うのを躊躇っていたが、当のリドリーが落ちぶれてきたので(リドリー・スコットは今でも大活躍なのだが、映像作家としてのピークは越えたという意)天邪鬼な性格上、今は声を大に言っている。

ドキュメンタリー映画である『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』ではブレッソン本人、イザベル・ユペールやアーサー・ミラー等々、ブレッソンと親交のあった人物によるインタビューなどでブレッソンの足跡を辿っているが、ブレッソンの捉える決定的瞬間というものがどのように切り取られるのか大変興味深く語られている。ブレッソンが故人となった今となってはブレッソンという写真家を知る上で肉声はとても貴重なものだ。

キャパはあくまで被写体そのものに関心があったのに比べてブレッソンの関心はあくまでファインダーから見える範囲に限定されている。もっと言えばファインダーと被写体の調和が全てなのだ。この『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』でその事がちゃんと語られているのでこの作品を観ればブレッソンをちゃんと理解する事が出来るし、これまで以上に彼と彼の写真が好きになる事間違いなしだ。


来月からはいよいよ『マグナム・フォト 世界を変える写真家たち』が公開されるし。

2007年8月12日

ルドンの黒

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Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の『ルドンの黒』を観てきた。
お盆休暇のせいかミュージアムは思っていたよりも混雑していなくて鑑賞しやすかった。

植物学者クラヴォーやアラン・ポーなどの出会いを通し、一貫して黒に彩られた異形の者を表現し続けたルドンの作品は想像力の重要性と表現力の深さについて訴えかけてくる不思議な作品が多い。一見すると「何これ?どういう事?」と不可解極まりない異形を描いた作品の数々なのだけど、そこには孤独や悲しさ、ユーモアが描かれていて、決して不快な感じではない。それにしても、このルドンの精神世界はどんな世界なのだろーか?ルドンの作品に真正面から対峙したのは今回が初めてなので、どう感じればよいのか戸惑いがあったと言うのが正直なところだったが少しずつ理解を深めて垣間見る事くらいは出来る様になりたいものだ。

2007年8月 4日

『青い煌きウズベキスタン-シルクロードへの誘い-』

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ユーラシア文化館で『青い煌きウズベキスタン-シルクロードへの誘い-』萩野矢慶記写真展を鑑賞。 外があまりに暑くてついつい入っただけなので、サラ~っと。
ウズベキスタンはアレクサンドロスの東征以後、数々の征服者を頂き異文化、異民族と融合しながら発展してきた歴史があるだけに建築にも工芸にも独特の繊細さと色使いが施されている。この写真展は青の都として知られているサマルカンドを主テーマとしているので当たり前なのだが、青に対する渇望というか執着がどういうところから来るものなのか興味深い。

2007年5月14日

「レクイエム黄金町」-彼女たちとそれからの私たち-展

八木澤高明写真展
数年前までは日本有数の売春街として有名だった黄金町。それはそれは無国籍タウンさながらだった事を私もよく憶えている。それ程多くの外国人娼婦がお客を取る為に路上に立っていたが、ここ2、3年前から警察の猛烈な取り締まりによって横浜開港時からの街の経緯と共に消し去られようとしている。そんな変わり行く黄金町にいた外国人娼婦たちの黄金町で過ごした日々と過去を写真に記録した写真家八木澤高明氏の写真展がシネマ・ジャック&ベティで催されている。
彼女たちはコロンビア、べネゼエラ、アルゼンチン、タイなど国元にいる両親に仕送りをする為に、借金を返す為、貧乏から抜け出す為など、本当にさまざまな理由で異国の地から遠路はるばる日本までやって来る。もちろん、彼女達の全てが最初から売春しに日本に来るワケではないし、良い事をしているなどと思ってしているワケでもない。その殆どが経済的理由からやも得ず娼婦となってお金を稼ぐ事を選ぶ。遊ぶ金欲しさに安易に援交する輩とは境遇も覚悟も根性も違う。
虚心に写真を眺めてみると、この写真は娼婦たちを通してその国の貧困とたくましさを語りかけてきて胸が苦しくなってくる。彼女達をいわば"買う"側に属している者としての罪悪感みたいなモノもこみ上がってくるし、一方で"しょうがない必要悪だ"(買う者がいるから売る者が出る、日本に来なければ国でもっと貧困に悩まされていたかもしれない)と思う気持ちもある。それでもやはりキッパリと割り切った答えを自分自身に出す事は出来ないし、この先もモヤモヤしたままだろう。

この写真に登場する彼女達は今はもう黄金町にはいない。強制送還されてしまった子や不幸にもHIVに感染し亡くなってしまった子もいる。それ以外の子たちもどこでどう生きているのか分からないらしいが、「幸せになってもらいたい」と写真を観ただけの私だけど、そう思わずにはいられなかった。
八木澤高明 著「黄金町マリア」
黄金町プロジェクト

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2007年5月 6日

モダン日本の里帰り。「大正シック」

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東京都庭園美術館で開催中の「大正シック」展
ホノルル美術館所蔵の大正から昭和初期にかけての絵画・版画のコレクション(一部きもの、オブジェ含む)を公開している。
幾何学模様やハート柄いっぱいのキモノなど大胆な色使いと試みが多く、西洋モダニズムの影響を強く受けている絵画を観ても影響を受けつつ独自のアレンジに長けた日本人だけあって不思議だけど懐かしい。私自身の年齢より年代の古いモノだから懐かしいと感じるのは当たり前かもしれないが、日本画と西洋画とのバランスが絶妙なのだ。ジャープだけど、品のある線、派手だけど決してくどくならない豊かな色彩、そして日本人女性の持つ美しくきめ細かい肌とその被写体。そんな絵画群の中でも今回の展覧会の目玉だと思われる中村大三郎画の「婦女」はそれら全部を絶妙のバランスで兼ね備えた美しい作品でこれを鑑賞するだけでも今展覧会に行く価値はあった。

2007年4月28日

「1 + 14 横浜写真アパートメント」

横浜写真アパートメント
北仲WHITE(旧帝蚕ビルディング)で写真家のテラウチマサトと14名の若手写真家がそれぞれの"横浜"を表現したテラウチマサト フォトエキシビジョン「1 + 14 横浜写真アパートメント」を催し中だ。
この北仲WHITEは2005年からアーティスト、建築家、デザイナー、ジャーナリスト等文化芸術活動に関連するグループ約50組が去年の10月まで入居しアーティスト活動を展開していた場所なのだが、この昭和2年に建てられた北仲WHITE(旧帝蚕ビルディング)は再開発計画の為に取り壊されるらしい...残念だ。
その建物の一部フロアを借り受けての今回のコラボ写真展は、私も含め、多くの写真好きの老若男女がデジタルから銀塩までカメラ片手に集まり、作品を鑑賞しながら各々が思いつくままカメラのシャッターを切ったり、テラウチマサト×中藤毅彦×大和田良×丸山裕一×坂本和則×塚崎智晴トークショーに参加したりと、とてもゲリラ的な匂いの漂う写真展だった。

それにしても昨年開催された世界現代アートの祭典「横浜トリエンナーレ2006」といい馬車道に東京芸大大学院映像研究科校舎が出来たりとか、北仲地区をアートの新本拠地として、さまざまなクリエイターが集まって来る事はとても刺激的だし嬉しい。国際色豊かで日本の写真発祥の地"ヨコハマ"という街に相応しい活動だと思うのでこれからもどんどん精力的に盛り上げていってほしいな。
歩く北仲WHITE北仲WHITE 2無題

2007年3月17日

ブラジル現代アートを牽引する女性作家

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ブラジル現代美術界を牽引する女性作家アドリアナ・ヴァレジョンの個展。近年作であるタイル貼りの浴室をイメージした"浴室シリーズ"は遠めから眺めていると写真かと思ってしまう程、静寂かつリアルであり、今まさに自分がそこに居るかの様な錯覚を覚えてしまう。これは"子宮"をイメージしているのか?と思いながら眺めていたが、彼女曰く「この作品を描いている時は妊娠中」だったらしい。揺れている水面に映る歪んでいるタイルと浴室一面の整然としたタイルとの対比表現が素晴らしい。
アドリアナ・ヴァレジョンという人の作品は性と暴力についてグロテスクな美しさでもって強烈に描かれていて、(特に初期の作品では)ブラジルの先住民とヨーロッパ人による植民地化、女奴隷の歴史、食人風習や宗教彫刻といったものを織り交ぜブラジルという国の歩んできた歴史を題材に現在も植民地時代の旧弊が有効とされている保守的なブラジル社会を独自の表現方法で見せていて、私は結構好きだ。

今回、日本で初個展という事もあってか展示数が少なめだったのが残念だったけど、今後、もっともっと彼女の作品を多く鑑賞出来ればいいな。

2007年3月11日

『マグナムが撮った東京』

07.03.11a.jpgマグナムを意識してみたりして...モントリオールのジャズメン
恵比寿の東京都写真美術館で開催中の『マグナムが撮った東京』展へ。
写真家集団マグナム・フォト。ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=プレッソンらを中心に設立された"マグナム"の写真家たちが1950年~2005年までに撮り貯めていた東京写真を「東京」をテーマに一挙に展開する写真展。
シャープな眼差しで時代を切り取るマグナム集団の"東京"は、それぞれの目線で語りかけていて、マグナムにありながらも各自の写真家としての個性的な東京が見事にそこに写し出されていてもう色々考えるなんてこともなく、ただただ感動するだけ。キャパの作品は言わずものがなだけど、中でも個人的に心奪われたのはバート・グリンの作品。日常の中のストーリー性といったものをしっかりと切り取りながら優しく語りかけてくる感じは今回の作品群の中でも印象的で撮影する上でいかに物語性が大事かという事を再認識させてくれる。
写真を観る事、撮る事の好きな方は是非観ておくべきだろう。良い刺激を受ける事間違えなし。

そういえば昔、青山でストックフォト関係の会社で仕事をちょこっとしていた時に、マグナムフォトを扱える事になって盛り上がった事を思い出したなぁ。

2007年3月 4日

神奈川県立近代美術館 鎌倉

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「今日の作家」シリーズ"畠山直哉"を観に鎌倉へ。
今回の個展のテーマとしてある 「Draftsman's Pencil」(製図家の鉛筆)「都市の自然」は私自身、大変に興味関心の深いテーマでもあり、そういった表現の達人である畠山氏の写真家の視点や技法といったものをまじかで堪能できる願ってもない個展だ。そのうえ、畠山氏のアーティスト・トークも参加する事が出来てとてもラッキーだった。アーティストトークは関係者、畠山氏共に予想以上の参加人数だったようだ。その上、氏の話がノッてきたところで終了予定時間を迎えてしまい、一旦仕切りなおして引き続きトークを再開という結構珍しい展開になった。モチーフ選びや、イマジネーション、ひいては写真表現や絵画表現をどう解釈してみせるか?といった深い部分の話もうかがい知る事も出来て、私自身、硬直しつつあった観念に風穴を開けてもらう事が出来、目から鱗の充実した個展だった。

2007年2月25日

ブルーノ・タウト展 -アルプス建築から桂離宮へ-

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「ブルーノ・タウト展 -アルプス建築から桂離宮へ-」を開催している神宮前のワタリウム美術館へ。
ブルーノ・タウトはドイツの建築家で"桂離宮"を再発見した事したことで知られている人物。ベルリンでタウトが設計した集合住宅は近年修復され70年振りに鮮やかな色彩が忠実に復元され、この中産階級の為の集合住宅は、現在ユネスコの世界遺産に登録予定なのだそうだ。
彼が掲げていた"ユートピア思想"を日本の伝統・美意識やクリエイター・職人との出会いを通してどのように発展させていったのか?というテーマで彼の作品170点を新解釈を元に構成展示していたのが、とても興味深くて彼のパーソナリティがユニークにも浮き彫りとなる民藝の柳宗悦などに宛てた手紙の数々や、タウトが設計した「熱海、日向邸」の一部復元による家具、工芸品の展示にいたるまで、彼のオリエンタリズム追求の足跡がリアルに感じ取る事が僅かながら出来た。
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2007年2月10日

ステンドグラス

フラッと散歩中にパチリ。

色鮮やかな宇野沢組ステンドグラス製作所作のステンドグラス。関東大震災で焼失したのを昭和2年に復旧したとの事。
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2007年1月 8日

東急東横「世界遺産写真展」

昨日は渋谷で新年会。なので、ちょっと早めに東急東横店で催されている「世界遺産写真展」を鑑賞。
展示内容は「自然」「文化」「日本」の3つのカテゴリー別で構成されているのだが思っていたより混雑していてちょっとビックリだったが、場内では案外じっくり鑑賞出来たのであまりストレスは感じずに済んだ。写真は一流のフォトグラファーによる超一流の風景写真の数々で壮観。個人的には「モン・サン・ミシェル(修道院)」と「シナイ山」に想いを巡らせて時間を忘れ見入ってしまった。それにしても、大自然の迫力と人類文化の迫力を同時に鑑賞出来るという写真展はありそうでないので、こういう機会は結構貴重。

RAPHAEL SEBBAG
この画像は「世界遺産写真展」を後にし、ふと立ち寄ったHMVでUnited Future Organizationのラファエル・セバーグ選曲によるコンピレーションCDを試聴した時に撮ったPOPの写真で、ラファエルが自らのPOPにサインを落書きした跡。(昨年末にHMVでプロモーションをしたらしく、おそらくその時にサインしたと思われる)

2006年11月24日

ベルギー王立美術館展とダリ回顧展

地獄の門
ベルギー王立美術館の"顔"ともいうべき「イカロスの墜落」がやってくると言うので、その「イカロスの墜落」とマグリットの「光の帝国」が鑑賞出来ればいいかなと思っていたが、色々観て見るととても興味深い作品が多い。決して派手な作品や作家勢揃いというワケではないがその時代時代に見る社会風俗などがとても上手く、そしてユニークに描かれているものが多く常にヨーロッパにあってイギリスやフランス、ドイツなどの大国に挟まれて生きてきたベルギーのベルジャン気質とでもいうべきクールな感性が感じ取れるようだ。
ベルギー王立美術館展猿の宴光の帝国
ベルギー王立美術館展

ダリ回顧展ポルト・リガトの風景お疲れちゃん
そして各所で不満を耳にするダリの回顧展。スルーのつもりだったが、やはりダリ好きがだまって素通りする事など出来ない、と思い直し結局覗いた。
混雑はリサーチ済みだったので、以前と重複している作品や「アンダルシアの犬」などはサッサとスルーし流し観してしまった。「何故、覗いちゃったんだろう?状態」。それにしてもあれは鑑賞なんて出来るような環境ではない。もう、カラスの行水だ。ダリを初めて真近で観ようなんて人には気の毒だし、ダリ好きにとってはストレスが溜まるばかりで、"回顧展"といえば聞こえがいいが...。もう少し観覧に対する配慮というものを考えてもらいたかった。新宿三越の美術館でやったダリ展の方が良かった。

2006年11月12日

スーパーエッシャー展

スーパーエッシャー展渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムで開催が始まった「スーパーエッシャー展 ある特異な版画家の奇跡」を観た。
どーしても初日に観たかったので一応、腹を括って行ったのだが雨のおかげか思ってたより余裕があった。(まぁ、それでも混雑してたけど)
私にとってエッシャーはダ・ヴィンチ、ダリ、マグリットと並んで好きなアーティストで、かなり前にハウステンボス美術館所蔵のエッシャー展を観ているが、今回はそれをはるかに上回る展示数でまさに"スーパーな"エッシャー展だから行かないでいるワケにいかなかった。

「だまし絵」であまりに有名な人なので、私がここで感想など野暮というものだろう。それでもまだエッシャーにあまり触れた事のない人にも是非、観てもらいたいと思う。

「イタリアの風景に魅せられ風景の版画を主に制作していた彼がイタリアのファシズム台頭でイタリアを離れ故郷オランダに戻っても、イタリアの景色のような景色を故郷に見出すことが出来なかった為、テーマは心象風景に向かわざる得なかった」というのはエッシャー自身の言葉。そこから彼の"平面の正則分割""シンメトリー""だまし絵"を追求していくことになったドローイングや版画、オブジェ制作とその過程が興味深い。彼自身、「自分が芸術家であるという事より数学者に近いと意識していた」らしい。
展覧会自体も上手く構成され、分かりやすく3Dグラフィック再現していたり飽きない工夫もされていた思う。主催側の展示アプローチもなかなか良い。
でんぐりでんぐりドラゴン
右画像のフィギュアはエッシャーの「ドラゴン」という作品のフィギュアで、昔懐かしいガチャガチャがプログラム・グッズ販売コーナーの一角にあり、エッシャー作品のフィギュアを手に入れたい沢山の人が"ガチャガチャ"してたので、私もガチャガチャして手に入れた物。一番人気の"でんぐりでんぐり"が欲しかったがドラゴンもなかなか。


この間のヴェートーベン交響曲の狂い聴きに引き続き、今日の狂い聴きは「ドヴォルザーク 交響曲第6番ニ長調第3楽章」

2006年11月 5日

コラージュとフォトモンタージュ展

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東京都写真美術館「コラージュとフォトモンタージュ展」を観た。
100年以上前の写真など、もちろん今日の撮影機材も撮影技術も違うワケだが、そこにはちゃんとアイデアとテクニックが盛り込まれていて合成をする事でむしろより自然さが強調され、肉眼で眺める景色よりも、より“ホンモノ”の世界が切り取られている。写真をただ写し画としてだけでなく絵画、版画といった表現方法を組み入れながら今日のフォト・モンタージュ、コラージュを形成していく過程がとても分かりやすく鑑賞出来た。


最近、ちょっと硬派な映画作品の鑑賞が続いたので、少し柔らかいヨーロッパ映画が観たいと思い、C・ルルーシュの「男と女」を借りようと思ってビデオ屋に寄ると、運悪く貸し出し中…昨日の様な話を聞かされた後でなお、観たかったのに…残念。しょうがないので、「二十四時間の情事」と、好きなベルナデット・ラフォン見たさに「私のように美しい娘 」をレンタル。
どちらも改めて観なくても感想書けるが、久しぶりなのでちゃんと観た後にレビューを書くつもり。