2011年7月15日

映画『BIUTIFUL ビューティフル』

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「バベル」を撮ったアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督、ハビエル・バルデム主演の『BIUTIFUL ビューティフル』を鑑賞。
実は公開早々に鑑賞していたが、ブログに書くのが遅くなってしまった。

この作品はイニャリトゥが若い時に観た黒澤明作品に敬意を表して黒澤の「生きる」の一部分を『BIUTIFUL ビューティフル』の中にさり気なく取り入れているという。
私が観る限り、さり気なくであって"いかにも"って感じにしないところがこの監督を信頼出来る理由なのだな、と再確認。

ストーリー的には、愚かしくも儚く悲しいバルセロナの貧しい親子の物語ではあるが、エモーショナルなショットを撮ったりせずに登場人物をどこか突き放したようなドキュメンタリー作家的なショット(視線)を貫いているので好感が持てるし、ともすると救いのないような話しに観客がある種の"救い"を見い出してさえしまえる映画的クライマックスも実にクオリティーが高い思えた作品だった。

主演のハビエル・バルデムの抑えた演技が素晴らしいが、個人的にバルデムの奥さん役を演じたアルゼンチンの舞台女優マリセル・アルバレスが超Goodだったし、誇張されたバルセロナではなくリアルなバルセロナのダウンタウンが垣間見られたのも個人的に大満足な映画だった。

2011年5月 5日

映画『引き裂かれた女』

「引き裂かれた女」
イメージフォーラムで公開中のシャブロルの遺作「引き裂かれた女」を観た。

色々、書こうと思ったがダラダラと感想を書き連ねるような野暮は似合わない映画だったので、まぁ、良かったとだけ書いておく。
人それぞれの恋愛観や人生観で評価や感想も違ってくると思うが、私にはしごく真っ当なラブストーリー映画に思えてしまったのは自分が今、シニカル的だからなのかも。

マチルダ・メイを久しぶりに観たが、良い意味も悪い意味も含め、フケけたね。

2011年4月25日

映画『東京の恋人』

東京の恋人
震災のせいで中止になってしまった神保町シアターの「女優とモード 美の競演」の一部作品復活上映があったので千葉泰樹監督、原節子、三船敏郎、森繁久彌出演の「東京の恋人」を観できた。
この作品は原節子の義兄熊谷虎久が製作したコメディタッチの軽く洒落た作品で、今は開閉する事のない隅田川の勝どき橋の開閉シーンが数回にわたり映す出されていて、今となっては資料的にも貴重。
その勝ちどき橋が開く直前の橋上で三船と原節子の口喧嘩シーンや、三船の珍しい歌唱シーン、森繁久彌&清川虹子演じる成金夫婦の爆笑シーンなど色々と見所の多い映画だった。

ここのところ何かと原節子関連のネタを書く事が多いが、だからと言って特別原節子ファンというワケではない。もちろん嫌いでもないが。

2011年4月17日

『東京物語』デジタル・リマスター版を鑑賞

NHK東京物語
この間、NHK-BSプレミアムで放送された「東京物語」デジタル・リマスター版の録画しておいたものをようやく観た。なんか奇跡的に速報テロップや災害情報が入ってなかったのも良かった。

このデジタルリマスタリングはいわゆる小津安二郎生誕百周年に期して発売されたDVDのデジタルリマスタリング版ではなく、今回の放送に際して新たにデジタル修復された「東京物語」らしく、今まで観た「東京物語」の中では圧倒的にクリアな映像に修復されていて本当に素晴らしかった。
モノクロ映画の持つ普遍性が甦っていて、これまで観てきた以上に、この作品を堪能する事が出来た。

個人的には劇中の杉村春子が電話片手にパタパタしている団扇に印刷されている高峰秀子をクリアーにハッキリと確認する事が出来た事に感動。

2011年3月 8日

映画『アレクサンドリア』

アレクサンドリア
「オープン・ユア・アイズ」のアレハンドロ・アメナバール監督、レイチェル・ワイズ主演の「アレクサンドリア」を鑑賞。
ローマ帝国末期、4世紀頃のアレクサンドリアを舞台に、実在した女性、哲学者であり天文学者のヒュパティアがアレクサンドリアで勢力拡大していたキリスト教とユダヤ教との宗教対立やアレクサンドリアの主導権争いなど政治闘争に巻き込まれてしまうという悲劇の物語。

そしてこのアレクサンドリアがキリスト教徒に信仰的に乗っ取られてしまった為に、ほぼギリシャ哲学や学問は風前の灯火となり、これにより、ヨーロッパ社会における科学などの学問的な進歩は約一千年以上停滞してしまうことになる。

アレハンドロ・アメナバール監督の常に俯瞰的に距離を保ちながら展開を進めていく演出の仕方が素晴らしく、変にロマンに流れたり脱線したりせず、だからといって淡々とではない上手さに好感。ただ、その適度な距離感が故に、スペクタクルな盛り上がりにイマイチの印象を受ける観客もいるだろうけど、この作品のテーマ意義を理解していれば、これが正解。
無駄なショットやシークエンスも見受けられず、作品の長さもちょうど良い。

万人受けする派手さはないが、鑑賞者の知的好奇心を上手くクスぐるかなりの良作品だ。

2011年2月21日

映画『ヒア アフター』

ヒアアフター

イーストウッドの最新監督作品『ヒア アフター』を鑑賞。

S・スピルバーグからの雇われ仕事という事もあり、思いっきりスピルバーグ的主題がテーマだけど、スピルバーグの様なカルト精神を発揮したり、今流行のスピリチャル世界への探究心などには一切目もくれる事なく、あくまでもイーストウッドらしく今を生きる人の心の葛藤にのみフォーカスを当てているので、その方向での展開や結論を期待している人は肩すかしを喰らうだろうし、その流れるようなテンポと軽い場面展開から期待するワンカット毎に感じる余白部分と重量感とが感じにくく、イーストウッド作品の最大の魅力でもある独特の詩が前作『インビクタス 負けざる者たち』以上に薄れていて、知らなければイーストウッド監督作だと気がつかないかもしれないし、間違いなく賛否が分かれる作品だと思うが、ちゃんと観れば、最後には紛れもなくイーストウッド作品だという事が納得出来る余韻と余白が残されていると思う。

良いモノ観たわ。

余談だが、遅ればせながらレンタルで最近までドラマ『ROME』を観ていたので、ROMEでクレオパトラ役を演じていたリンゼイ・マーシャルが『ヒア アフター』に出ているのに気がついた時はなんか嬉しくなったりして。

2011年2月19日

原節子と北方領土

新潮45

本屋で表紙を見かけてついつい購入してしまった新潮45。
原節子のデビュー75周年記念特集を組んでいたのだが、なんか突拍子もない企画のような気がしながら、中身をよく見ると、今では殆ど幻の作品と化している1936年の内田吐夢監督作品「生命の冠」にデビュー間もない15歳の原節子が少しだが出演していて、原節子の姿が残されているフィルムの中で確認出来た事と、この作品の舞台が北方領土の国後島で、カニ漁とカニ缶詰工場のロケ映像が残されているという意味でも、今となっては貴重な映像のこの作品が、DVD付録としてついていたので買ってしまった。
それ以外にも草笛光子、高橋惠子、茂木健一郎、アラーキーら著名人が原節子について寄稿文をよせているが、その中に直近の原節子にまつわる近況などの記事があり、意外と興味深かった。

こんな企画と付録でも無ければ、埒外の新潮45を購入するなんてなかっただろう。

2011年1月31日

紀伊國屋レーベルもとうとう...

映画『シルビアのいる街で』のDVDがリリース予定されたが、驚いた事にBDでも発売するらしい。
発売元の紀伊國レーベルはこれからも頑にDVDリリースに拘るものと思い込んでいただけにとうとうBD製作に踏み切ったかと良い意味で裏切られた。まぁ、今時は当たり前だろと言えるかもしれないが、やはりエラいぞ紀伊國屋書店!この勢いで今までのラインナップのBD化もぜひぜひ。

エリセがBD化されたら買い直すのになぁ〜

2010年12月19日

生誕百年 映画監督 黒澤明 「スターが語る黒澤明」トーク・イベント

生誕百年黒澤明
京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の『生誕百年 映画監督 黒澤明』のトーク・イベント「スターが語る黒澤明」に行ってきた。
トークイベントには香川京子氏、加藤武氏、仲代達矢氏、司会にノンちゃん事、野上照代氏というなんとも豪華な顔触れでフィルセンの生誕百年 黒澤明イベントでなければなかなか実現しそうにない組み合わせ。

今年各地で行なわれた生誕百年黒澤明イベントの締めくくり的であるし、仲代、加藤両氏揃ってという珍しい組み合わせや、久しぶりに拝見する野上氏のトーク進行ぶりも楽しみではあったが、個人的には、半ば追っかけファンと化しつつある香川京子氏の今年の見納めをしようという意味合いも強く、いそいそと出掛けたのだが、当初の到着予定よりも30分押しでフィルセンについてみると、いつもにもましての行列...幸いな事になんとか入場する事が出来たのだが、並んでいたのに入場出来なかった人があまりに多かったからか、ロビーにもパイプ椅子を出して場内撮影をモニタースクリーンで対応していたのには驚いた。まぁ、せっかく並んだんだしね。

トークの雰囲気は、饒舌な仲代氏、要所要所で場を盛り上げる加藤氏、誠実な話しぶりの香川氏、トークイベント前に上映した「天国と地獄」での撮影エピソード、それぞれ黒澤組初参加の思い出や等々、最後は質疑応答も有りで二時間の大満足なトークイベントだった。

生誕百年黒澤明その三生誕百年黒澤明その二
イベント終了後、展示室の企画展を見ようと7階まで上がろうとすると、係員に1階ロビーまで降りてから改めてエレベーターに乗ってくれといわれたので、1階正面ロビーでとりあえずひと休みしていたらイベントを終え、帰ろうとする加藤氏、続いて香川氏がロビーに現れたので、即席サイン&撮影会になったところをパチリ。少し経って仲代氏も出てきたが、仲代氏はタクシーではなく、おそらく専用車だったからか、裏の方へスーッと行ってしまったので、撮る事は出来なかった、残念。

2010年12月 5日

企画展『鎌倉の映画人・小津安二郎監督の世界』とお墓参り

小津安二郎の世界

鎌倉市川喜多映画記念館
で開催中の「鎌倉の映画人・小津安二郎監督の世界」展を観る。

本当は企画展と連動して行なわれた連続講座で平野共余子氏の講座は聴講したかったのだが、スケジュールが合わずに参加出来なかったので、特別展に行くのもだいぶ遅くなってしまった。『小早川家の秋』上映時に行なわれた司葉子さんのトークイベントに行っても良かったんだけど...まぁ、だいたいどんなトーク内容になるか想像ついていたのでスルーしてしまった。

展示では、小津自筆の書き込み台本やスチル写真、小津直筆の色紙、『彼岸花』の山本富士子が着ていた、染織家・浦野理一による繊細な絵柄や、海外で制作されたという小津作品のポスターが複数展示してあった。上映室では鎌倉市が以前制作した『シリーズ ー私と鎌倉ー俳優 笠智衆 』を上映してた。

小津安二郎のお墓

墓石に刻まれた一文字「無」で有名な小津安二郎の眠る円覚寺境内のお墓にお墓参り。
来週は小津監督の命日とあってお花やダイヤ菊などの日本酒が供えられており、綺麗にされていた。

八幡宮結婚式

通りかかった八幡宮で偶然、舞殿挙式を行なっているところに出会したので、ちょいパチリ。
外国人観光客やその他大勢の人に見られての挙式はさすがに少し気恥ずかしかったのではないだろうか。

2010年11月12日

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』

カラヴァッジョ
  レンタルDVDでだが、かねてから観たかった『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』を鑑賞した。
  日本では劇場公開された劇映画だが、本国イタリアではテレビの前・後編のミニ・シリーズで、それを再編集して一本の映画にしたらしいが、TVドラマにしては中々の撮影クオリティだなぁ〜と思っていたら、それもそのはず、撮影はなんとヴィットリオ・ストラーロ、と知って納得。

  映画「カラヴァッジョ 天才画家の光と影」 ビットリオ・ストラーロ撮影監督

  これまで、カラヴァッジョやイタリアン・バロック関連の専門書や美術書などの文字情報によって想像するしかなかった天才カラヴァッジョの創作風景や殺人を犯した後の逃亡劇など、彼の生きた16世紀後半から17世紀前半のイタリア社会を描いているので、この映画を観れば、今まで以上にカラヴァッジョの作品が好きになるし、あまりよく知らない人にとっても興味を持ちやすいだろうね。

  それにしても、街に溢れる娼婦達の衣装がおっぱいボロン状態だったり、娼婦を公開斬首刑する場面でも事も無げに生首ゴロンのショットを編集で処理したりせずに撮影しているのは中々に凄い。イタリアのテレビ放送レイティングはどうなってんのかね。


2010年10月17日

映画『シルビアのいる街で』

映画『シルビアのいる街で』
ビクトル・エリセが"今のスペインで最も優れた映画作家"と激賞したホセ・ルイス・ゲリン監督の『シルビアのいる街で』を観た。

  冒頭から殆ど台詞らしいものがなく、街と人のノイズをドキュメンタリー的手法を用いて緩やかに展開させていくのが上手い。巨匠エリセの域には、まだまだだけど、ストーリーなんかよりも重要なモノが良い映画には必要だ。と思わせてくれる優れた作品だった。

  ホセ・ルイス・ゲリンの映画監督としての今後がとても楽しみ。

映画『シルビアのいる街で』2

2010年8月29日

『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』

ようこそアムステルダム国立美術館へ

  渋谷のユーロスペースで『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』を観た。

  ユーロスペースで映画を観るのは久しぶりだが、上映中の劇場内が暑くてかなわなかった。エコ節電でなのかどうか知らないが、場内の気温が上昇すると空調が効いてくるのだが、そうすると今度は空調が止まってまた暑くなってくるまで動かない。温度上昇に反応するのか、一定間隔で作動するのか分からないが、こう暑いとずーっと効かせてくれないと逆に苦痛だ。空調が効いている時だって、それほど涼しいというワケでもないんだからね。暑い上にシートにずっと座って動きが自由にならないから、途中でやや集中力を欠いてしまった。

  『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』はレンブラントやフェルメールなどを所蔵するアムステルダム国立美術館の改築工事に密着したドキュメンタリーで、2004年に大規模な改装工事が始まるものの、度重なるトラブルによって工事が進まない美術館改築をめぐる騒動の全容に迫るという内容。とにかく美術館サイドのやる事なす事がトラブル続き。
  改築後の歩道と自転車用通路の利用をめぐって地元の市民団体とのトラブルを手始めに、手狭になった美術館の脇に増築する新センターが景観を損ねると反対されるわ、その度にテコ入れを強いられ意欲を失いかける建築デザイン会社。改築の為の許可証の膨大な数と関係各所の根回し、意欲的だが傲慢な権力者と批判に晒される美術館長。おおよそ芸術的な世界とは掛け離れた俗な現実世界。とにかく、考えられる全ての問題に一々、クレームが付き、昨日決定された事が翌日には覆される事の連続。そんな中でアジア館部長である学芸員の男性が新美術館の目玉として日本から購入した仁王像を目の当たりにして嬉々としている姿が救いのシニカルなユーモア・ドキュメント映画だった。

  劇中「誰も責任を取ろうとしない、いかにもオランダらしい仕事のしかただ」という発言が飛び出すが、この"オランダ"の部分を"日本"とお置き換えてもピッタリハマる。所謂、お役所仕事というのは万国共通なんだな...。

2010年8月 6日

映画『インセプション』

インセプション
  クリストファー・ノーランの新作「インセプション」を観た。

  前作「ダークナイト」が中々良かったので期待していたが、原作モノやリメイクモノばかりが幅を効かせるハリウッドの中でオリジナル企画のハイバジェット作品を作り上げるだけでなく、良質のクライム・サスペンスに仕上げていて正直、「ダークナイト」よりも面白かったし、VFXを最低限に留め実写にこだわって撮影された事も素晴らしい。

  他人の見る夢の中に侵入し、夢の中に出てくる潜在意識の芽(アイデア等)を盗むという着想は、ともするとサイバーパンクの世界観だし、ウォシャウスキー兄弟の映画「マトリックス」の様な仮想現実での出来事と言える訳だけど、「マトリックス」とは違い、複雑なプロットなので「インセプション」での夢に関する"約束事"が早く掴めないと後半の追い込みで置いてきぼりを食らうけど...。小生も観ている時は、ストーリーを追いかけるのに手一杯で、細かい疑問などは後回しになんとか最後まで走破したが、後回しにした多少のモヤモヤを解消したいという思いも含め、もう一度観たいと思える作品だった。

  ところで、劇中にエディット・ピアフの「水に流して」が繰り返し流れるが、出演しているマリオン・コティヤールと引っ掛けてるのか?と思った人は私を含め、たぶん多かったのではないかと思うが、クリストファー・ノーランのインタビューによると「インセプション」を構想した10年前からピアフの曲を使う事を決めていたらしいので全くの偶然だったらしい...。ピアフの曲を使うのを止めようかとも思ったそうだけど。

  そういえば、ルーカス・ハースがケチな役で出演していたが、いつの間にあんな小さな役をやるまで落ちぶれてしまったの?「刑事ジョン・ブック 目撃者」や「マーズ・アタック」の頃が懐かしい...

2010年7月 3日

映画『奥様は大学生』

奥様は大学生
久しぶりに神保町シアターで1956年の作品「奥様は大学生」を観た。
内容はタイトル通りの単純明快な設定、主演の香川京子の旦那役は木村功なのだが、どーも、この二人の夫婦役は成瀬巳喜男の「杏っ子」での夫婦役とダブってしまい(良妻兼備の妻と知性的だがちょっと頼りない夫という役どころも似てる)、今作品でも木村功がそのうち本性だしてねちっこい愚痴夫になっていくのではないか?と観ていても気が気じゃなかったのだが、無事、そういう陰鬱な展開にならず慎ましいハッピーエンドで終了。
息子の結婚に反対している故郷の父親(藤原釜足)が息子達が結婚生活を始めたアパートに様子を見に上京してくるが、父親の機嫌を取る為にわざと封建的な夫婦関係を装ったりして、今日的な目線で観ると、とても古めかしくも微笑ましいけど幼い。

個人的には香川京子主演作であるという事でそれなりに楽しめたが、ライト・コメディとしては平板だし、女性の社会進出と家事の両立は可能かという素朴なテーマを追ったドラマとして見ても中途半端、コメディ・リリーフ的役割を演じた中村メイコの存在だけが救いだった。

2010年6月21日

映画『東京画 TOKYO-GA』

鎌倉市川喜多映画記念館でヴィム・ヴェンダースの88年の作品「東京画」を観た。

東京画

「東京画」はヴェンダースによる小津安二郎オマージュ映画と言うべき作品だが、この作品を観たのは、もちろんリアルタイムではなかったが、それでもだいぶ昔の事だったし、ヴェンダースは好きだけど、この時分は小津安二郎にも小津作品にもほぼ興味が無く、後学の為に一応は数本観ていただけ、という程度だったので殆ど内容的にも忘れてしまっていたので、もう一度、改めて観直したいと思っていた。
久しぶりに鑑賞してみると、小津に対する畏敬の念と純粋な好奇心のままに、技工も何もなく、ただひたすらキャメラで小津の幻影を追っかけているだけの映画青年の初々しさは、観ているこっちが気恥ずかしいくらいだ。

旧川喜多邸別邸

この「東京画」には笠智衆のインタビュー・シーンがあり、このインタビューを行った場所は旧川喜多邸別邸の縁側で、今回の「東京画」上映に合わせて鎌倉市は特別に普段は閉めきっている戸を、その時の雰囲気を感じられるように、開ける許可をしてくれた、との事だった。

う〜ん...草木が茂っていて微妙...だけど、そういう計らいは悪くないね。

ところで、小津安二郎の国内外での再発見、再評価に関して、蓮實重彦の功績は大ではあるけども、そのあまりに戦略・戦術的に巧妙かつ煽動的で、小津を持ち上げる為に黒澤を引き合いに出すのか、黒澤の評価を貶めたい為に小津を賞賛するのか、イマイチ判然としない。まぁ、殆ど違いなどないのだろうが...そもそも小津評価と黒澤評価は相反するものでは無いのに、時としてシネフィルを混乱に巻き込み、多くの劣化フォロワーを生み出して無意味な対立構造を作り出した罪も大きい。
少なくとも小津も黒澤も古典化している21世紀では、もはや対立的構造そのものの見直しが必要であり、氏もさすがに昨今は焼きが回ってきたのか、「私は、決して黒澤作品は嫌いではない」と緩やかな修正を行なっているのだから、筆を折る前にカイエとポジティフの様この前時代的な対立の煽動者としての落とし前だけは付けてもらいたいと思っている。

2010年6月14日

映画『アウトレイジ』

アウトレイジ
北野武の「アウトレイジ」を鑑賞。
たけしと椎名桔平が出て悪人ばかりの群像劇とくれば石井隆の「GONIN」とダブる人も多いと思う。「GONIN」と言えば、当時、映像専門学校時代に観に行って衝撃を受けてしまい、友人とふたりしばし言葉を失った事を今でも思いだす。
Vシネのようなファンタジー・アクションや仁義なき風セミ・ドキュメンタリー・タッチとも違うフィルム・ノワールをメジャーで作れ得た事に驚いてしまったのだ。まぁ、奥山和由が松竹を追い出される前の体制だったのが大きかったんだけど。それでも90年代の邦画はまだまだ悲惨な状態で、まともなクライム・サスペンスやバイオレンス・アクションなんて作られるハズがないと思っていた時代だからね。事実、奥山は深作欣二で「いつかギラギラする日」という駄作を世に送り出していたし...。

話を「アウトレイジ」に戻すと、鈴木慶一の冷たく響くスコアもカッコイイし、意外なところで存在証明に現れた新田純一も、元ジョビジョバ坂田聡も「マギーだけじゃねーぞ!」と言わんばかりに絶妙な上手さを発揮して、作品はまぁまぁの出来栄え。もっと言えばバイオレンス映画として充分すぎるほどエグくて売り文句通りだったし、たけし得意のさっぱりと呆気無くもっていくクライマックスへの展開も良い。ただ、鑑賞後、気になったのは、"当てたい"と言うのならば、カンヌでも賛否だったように目を覆いたくなるような捻りを加えた残酷シーンをテンコ盛りにしたのだろうか?
たけしも森社長もエンターテイメント作品に仕上げたと言うならもう少し抑えた方がヒットすると思うんだけどなぁ。ヒットを狙いたくてもあざとく妥協したとは思われたくないし、そこはあくまで北野武流エンターテイメントって線を崩さずに...って事だったんだろうけど。

まぁ、悪魔に魂は売らなかったって事だね。

ところで、衣装デザインは黒澤和子でたけしの衣装だけは山本耀司、エンドロールの衣装協力には洋服の青山の名前もあったが、これはもちろん、友和なんだろうなぁ〜。

2010年6月 7日

映画『告白』

告白
前作「パコと魔法の絵本」は見事にスルーしたまま、今回は結構、気合いれて鑑賞(期待してたからね)

今作も中島哲也の卓越した映像センスとお得意のスーパースローショットを多用し、中島哲也流残酷ファンタジーに観客を引き込んでいく上手さはなかなかのもの。冒頭から松たか子演じる森口先生が授業中に生徒たち相手に喋りつづけるかたちでサーっと人物紹介と状況説明をあら方済ませてしまう観せ方も上手い。別に珍しくもなんともない手法ではあるが、この辺は監督のセンスが分かりやすく発揮される部分だ。

原作を既に読んでいる人は承知の通り、この作品の内容的には、陰惨かつ救われないままに物語が展開されていくし、社会的にも大きな問題となっている青少年犯罪を真っ向から扱っているので非常に重いし深い。それでもこの不快指数度の高い内容をホラー的なエンターテイメント作品の体裁を取り、見事なメジャー映画としてここまでの作品に仕上げた中島哲也に脱帽する。独自のシニカルな視線とクリエイターとして充たされるべきメジャー志向との融合のほぼ完成形になったのではないか。

と、まぁベタ褒めっぽい感想だけど、個人的には、そろそろPVやTVCF的な手法から卒業しても良いんじゃないかなと思う。

映画『告白』公式サイト

2010年4月11日

川喜多映画記念館と鏑木清方記念美術館

川喜多映画記念館
オープンしたばかりの川喜多映画記念館に行ってきた。
旧川喜多邸を改装した記念館は映画スチールやポスターや機材が多数展示しており、情報資料室にはキネマ旬報のバックナンバーや映画関連の書籍が自由に閲覧出来るようになっているし、35、16ミリフィルム兼用映写機を備えた上映室も完備しているので、日本の映画文化に多大なる功績を残した川喜多夫妻の旧宅で名画鑑賞できるようになるというのはとても素晴らしいことだし、現在、鎌倉には映画館が無いので、その意味でもとっても喜ばしい。

京橋のNFCにはもちろん遠く及ぶべくもないが、川喜多FCと呼ばれるような企画や資料展示の充実を期待したいなぁ。

川喜多映画記念館02川喜多映画記念館03
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鏑木清方記念美術館
鏑木清方記念美術館にも寄ったが、館内は結構混雑していて、鎌倉観光のついでに覗いてみた。という感じの人だけでなく、鏑木清方や日本画の愛好家(当たり前か)が多く見受けられて鏑木清方の根強い人気が伺える。
優美で流麗な鏑木の画は本当に美しくて観ていても飽きる事がないくらい素晴らしい。

鏑木清方「朝凉」
「朝凉」(1924)

2010年4月 5日

遅ればせながら『アバター』を鑑賞

アバター
「アバター、観た?行かない?」と突然の友人による誘いに「今さら?...」と思いつつもオッケーし、オープンしたてのコレットマーレ内にあるブルク13で鑑賞した。

とにかく3D、3Dと話題だが、凄いと思うのはせいぜい最初の30分位で、あとは直ぐに馴れてしまうし、いくら迫力があるといっても立体ホログラムで上映している訳でも無し、スクリーン自体が2Dなのだから迫力も限定的だ。それより3D映画が定着するかの最大のポイントは、巷間伝えられている3D用のメガネの問題だろう。
映画館の3D上映設備に採用しているシステムの種類によってメガネの形状は違う。幸いブルク13採用のメガネはフレームが大ぶりなので普段着用のマイ・メガネの上から掛ける事は出来たがそれでも重さで鼻メガネになりやすいし、上手くマイ・メガネに乗っかってくれないのでベストな掛け方を模索しながらの鑑賞になった感は否めない。それでもごっついセルフレームではなくチタンのリムレスフレームでスマートなマイ・メガネだったから上手く被せる事が出来たが...自分が掛けているメガネフレームの形状によっては3Dメガネがうまく掛けられないという問題がある。
結局は裸眼かコンタクト着用がベストだと思うが、私の様なコンタクト嫌いのメガネ愛用者は大勢いるのでこの3Dメガネのフレーム改良はしてもらいたい。それに3D専用メガネのレンズ部分がシャアのマスクみたいに小さいので折角の大スクリーンも視野が狭く感じて臨場感が弱まってしまうのもいただけない。
メガネ問題以外にも劇場内の座席の位置によっては3D効果が充分得られにくいとか、3Dに見えないという体質というかタイプの人の問題等々、色々あるがメガネが最も直近の改善点だろう。

ところで、肝心の映画「アバター」だが、ストーリーは、もうお約束のパターンで(殆どSF版ダンス・ウィズ・ウルブズ)別段どうという事はないが、映画の舞台となる衛星パンドラとそこに生息するナヴィという種族の文明形態など見事に創り込んでいるので鑑賞途中で興ざめするという事もなくストーリーに入り込めるので3Dでなくとも充分面白いし、160分という長さも気にならない映画だった。

唯一、気になったのはCGなどVFXシーンでは撮影範囲のほぼ全てにピントが合っているのに(グラフィックスだから当たり前だが)人間だけのシーン(実写部分)ではパンフォーカスでないので背後の人物や背景がボケてしまっていて、ちぐはぐな感じがしてしまう。どうせならここら辺もCG部分と調和を取ってもらいたかったという事くらいかな。

2010年3月21日

新文芸坐「にんじんくらぶ」三大女優の軌跡

三大女優の軌跡
新文芸坐で開催中の『「にんじんくらぶ」三大女優の軌跡 久我美子 有馬稲子 岸恵子』で有馬稲子さんの2作品「わが愛」「愛の鼓」とトークショーを鑑賞。

わが愛愛の鼓
「わが愛」は五所平之助監督の作品で、井上靖「通夜の客」が原作で、有馬稲子自身が映画化を希望した作品だけあって、自身お気に入りの作品らしい。
作品は五所平之助監督らしく、叙情性に富んだ上質なメロドラマに仕上がっているのだが、有馬稲子の美しさの前に、相手役である佐分利信演じる役柄の個性と存在感がボケてしまいがちで人間讃歌というところまで行ききれずに終わってしまうのが、ちと残念。とにもかくにも、有馬稲子の美しさと素晴らしさ満点の作品。

「夜の鼓」の方は近松門左衛門の原作「堀川波の鼓」の映画化作品で、監督は今井正、脚本は橋本忍、新藤兼人。この「夜の鼓」は今井正の初時代劇作品で、有馬さんも表現していたが、いわゆる"くそリアリズム"時代劇。

この作品は参勤交代で主人(三國連太郎)の留守中に過ちを犯した武家の妻(有馬稲子)の悲劇を冷徹に描いた作品で過ちを犯す相手役に森雅之(出た!)、その他に金子信雄、東野英二郎、雪代敬子、等々豪華キャスト。

有馬さんはこの作品でさんざん今井監督にシゴかれたそうで御本人の弁によると「今井監督が私(有馬)の演技に納得がいかず、ある時、共演の連ちゃん(三國)を介して私の演技について言ってきたのよ」と半分冗談めかして言っておられたのだが、トークショー進行役の藤井秀男氏によると、「この脚本は最初、橋本忍氏が書いたが氏が「女性は書けない」と新藤兼人氏にバトンタッチされ、それから依田義賢氏、最後は今井監督と三國連太郎氏が書いていたと今井監督自身が言っておられましたから、それでじゃないですかねぇ...」と話し、有馬さんは「ええ?そうだったのぉ〜?へぇ〜」と納得されたご様子。拝聴していた私も依田義賢氏が噛んでいたとか今井&三國両氏が脚本を書いていたなんてこぼれ話まで聴けて嬉しい限り。

作品自体も武家の嫁とそれを取り巻く環境がいかに抑圧された中で落ち度の無い様に息を殺して日々生活をしていたかという緊張感が上手く描かれている(登場人物達があまりに受け身なのでイライラさせられる場面が多々あるのだが...)御家の面目が大事な武士の家では往々にして面倒事に対してはそういう(受動的)ものなのだろうと納得させられるだけの巧みな演出、三国連太郎、森雅之も大芝居する事なく抑制の利いた演技が良いし、抑えれば抑えるほど立ち上ってくる有馬稲子の色香と演技が本当に素晴らしかった。

有馬稲子さん
最後にトークショーでの有馬稲子さん。テレビのトーク番組やインタビュー等でも伺い知る以上に実物の彼女はパキパキというかチャキチャキとした印象の女性だった。

2010年3月 7日

千葉泰樹監督と「春らんまん」

春よ乙女よ映画よ
神保町シアターで開催されている『春よ!乙女よ!映画よ! 春らんまん 噂の乙女映画たち』のラインナップから千葉泰樹監督の「春らんまん」を観てきた。
千葉泰樹は「大番」シリーズが有名な監督だけど、成瀬巳喜男と並んで藤本真澄の信頼が高く、数多くの東宝娯楽作品の水準を維持・生産し続けた職人監督。東宝プロデューサーだった金子正且氏は、「職人のトップをいくような人だけど、ホントはかなりの芸術家肌で大変な教養人」と述べているが、成瀬の戦後スランプを脱したキッカケになったと言われる作品「めし」は当初、千葉監督が予定されていて台本にも名前が印刷されていたのに病気降板し、成瀬に代役の白羽の矢が立ったというのは有名な話し。

もし千葉泰樹が予定通り「めし」を監督していたらどんな「めし」になっていただろうか?と空想を巡らせてみたくもなるが、同時に成瀬巳喜男の所謂"戦後スランプ"からの脱却ももう少し時間が掛かったかもしれないなぁ...とやや複雑な気分にもなってしまう。

鑑賞した「春らんまん」は1968年の東宝の正月映画で新珠三千代、司葉子、星由里子、白川由美、宝田明、森雅之、小泉博など豪華キャストによるホームコメディだが、あらすじはムービーウォーカーから引用させていただく。

両親の残してくれた結婚式場を経営する唐沢貞夫には、出戻り娘の冴子、波子、新劇女優鳩子、弟の典二郎の四人のきょうだいがいた。 ある日、貞夫は冴子の知りあいの社長山部から静を紹介され、電撃結婚してしまった。おさまらないのは他の四人である。勝手気侭に生活しているところへ静が現われ、唐沢家の実権を握られてすっかりペースが狂ってしまったのだ。四人は相談して、静を徹底的にイビリ抜くことにした。静は料理の腕前から、家計簿のつけ方までさんざん文句をつけられた。彼女にしてみれば"家つき、カーつき、ババぬき"の好条件に喜んで貞夫と一緒になったのに、こんな鬼千匹の落し穴があるのにガッカリした。しかも、貞夫は三年来の愛人民江といまだに切れないでいる有様だった。すっかり頭に来た静は料理を習って、四人に挑戦することにした。そして口うるさい小姑を片づけるべく、波子に縁談を持込んだ。相手は申し分ない。見合歴十三回の波子は乗り気になった。ところが、相手の男は見事な若禿の持主だった。静が会ったときはカツラをしていたのだった。これが原因で、静は貞夫とも気まずくなり、落胆して実家に帰った。一方、静のいなくなった唐沢家には主婦気どりの民江が現われ、家計を考えない豪華な料理を作って、冴子たちをハラハラさせた。四人きょうだいは、民江の傍若無人ぶりにすっかり、静がなつかしくなってしまった。その頃、貞夫のことが気になって寝つけない静は睡眠薬を飲んだのだが、母の夏江は自殺を計ったものと思い、貞夫に連絡した。四人はその知らせに泣き出してしまった。やがてそれは誤解と分り、貞夫はやはり静がいなくては、と民江とすっかり切れて、静を呼んだ。四人の小姑たちも、静と心から和解したのだった。

千葉監督らしい、手堅くまとめ上げていて最後までだれること無くテンポ良く話しが進むし、主要キャストの新珠、司、白川、宝田、草笛らスター陣は言うまでもなく素晴らしいのだが、実は脇を固めている浦辺粂子、千石規子、東郷晴子ら熟年トリオがかなり良い味出していて、この作品のトーンを決める重要なアクセントになっているし、新珠三千代演じる主人公の独身貴族を気取るオジさん役で登場する森雅之も相変わらずのこれでもかというダンディおやじっぷりがサイコー。
たぶん他ではお目にかかれない新珠三千代vs草笛光子によるパイ投げ乱闘シーンなど、もう爆笑ものの珍シーンだ。

そのうち日専でも放送してくれないかな〜。

2010年2月28日

ついつい...クロサワ

一個人
特に目新しい事が書いてある訳でもないので、何も得る事はないのだが、ついつい見出しに"クロサワ"とあり、【保存版特集】となると、無視できないんだよなぁ...まぁ、これは何もクロサワに限った事ではないが、一般誌の見出しで「オズ」や「ミゾグチ」なんてまずありえない事だから。

一個人02

都築政昭氏が全作品記事の解説と監修をしているのでガセネタや間違いは無いし、野上照代氏の証言エピソードのほか、出目監督、山崎努氏のスタッフ&キャストのインタビュー、黒澤和子氏のインタビュー、直筆の絵コンテ、ロケ地案内、黒澤明の出自や年表や、晩年の黒澤が常宿とした事でも有名な京の宿「石原」はじめ幾つかの旅館を紹介しており、生誕100周年にふさわしく力の入った企画になっていてビギナー向け特集としては中々、読み応えあるんじゃないかな。

一個人03

個人的には久々に香川さんのインタビュー記事等の扱いが大きかったのが主な購入動機だけどね(笑)

2010年2月17日

映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』

「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観てみたがとても酷い映画だった。

原作にどれだけ忠実なのか知らないので一概に映画だけをあげつらう事は出来ないが、それにしても撮影もテレビドラマ同様な説明的で大げさなショットと移動撮影、教科書通りの役者の順アップの連続で極めてリズムが悪い編集。

竹内結子演じる主人公は愚鈍だけど素朴さだけが取り柄!?みたいなバカ女医師で、終始、存在理由が見出せないが劇中主役で居続けられるという強運な役柄。ラスト近くの爆発事故で救命救急で運ばれてくる大勢の負傷者と手当する医療関係者が大荒わなのに報道ヘリは飛んで救命ヘリは何故とばないのかと上を見て嘆くしか能がないので、役柄と分かっていても演じている竹内結子も本当にバカの子なんじゃないかと思えてくるから損な役だ。(まぁ、賢そうではないけど。)
竹内結子に限らず、阿部寛、尾美としのり、高嶋政伸、平泉成、堺雅人、山本太郎等々、演じる役柄の人物造形もまったく薄っぺらいステレオタイプばかりで、これはもう監督の才能の無さが全ての原因としか言いようが無い。

後半のヤマ場となるべき堺雅人演じる、通称"ジェネラル・ルージュ"は倫理委員会とかいう委員会でつるし上げを受け、弾劾裁判状態になるのだが、そんなジェネラル・ルージュを擁護をする羽田美智子演じる婦長はジェネラルルージュの医療従事者としての使命感に共鳴している同志的絆で結ばれているのかと思いきや、フタを開ければ単なる恋愛的感情が絡んだ女の情欲が根底にあるし、そのジェネラルルージュの方も婦長に対するマザコン的偏愛を婦長に求めていたという陳腐なラブストーリーとして完結してしまう。

そもそもタイトルからして気になっていたのだが、なんで医者という命を救う職業なのに職業として人を殺す役割を担う階級である'"将軍"(ジェネラル)ってあだ名が付くワケ?軍医って設定ならいざしらず...単に音の響きが格好良かったから。という薄っぺらいアイデアを用いただけの事なんだろうけどね。普通、悪意でだろうと好意でだろうと身近な人間にそんな横文字の"響き"がカッコイイ、あだ名なんて付けるかね?そのタイトル決めから破綻しているので脚本(脚色)なんてまともな出来じゃないし、これを決定稿とした製作委員会も無能な連中の集まりで製作委員会方式の構造的欠陥がそのまま画面に反映されたという典型的な作品。

まぁ、「まともな神経じゃ観てられないよ、こんな学芸会」ってシロモノ、久しぶりに凄い映画に出会ってしまった。

2010年2月 9日

映画『インビクタス 負けざる者たち』

インビクタス
イーストウッドの最新作『インビクタス 負けざる者たち』を鑑賞。

わずかに十数年前の実話の映画化なのでネタばれって事もないと思うが、ここ数年のイーストウッド映画としては珍しく晴れ晴れした気分で終わる作品だ。

作品はラグビーを中心に物語が展開していくので、一見すると「スクールウォーズ」や「タイタンズを忘れない」(「タイタンズを〜」はラグビーじゃなくてアメフトだけど)的なスポーツ映画を想像させるが、いわゆるスポーツ映画として撮ってないのが、イーストウッドの素晴らしいところ。そういう意味じゃ「ミリオンダラー・ベイビー」のボクシングと同程度の扱いに留めているが、だからと言ってアパルトヘイト問題など南ア問題に大きくウェイトを置いている訳でもなく、そこはいつものイーストウッドらしい視点で一個の人間を淡々と描いているので素直な気持ちでスクリーンを眺めていられたし、これまで、あまり好きでは無かったマット・デイモンも素晴らしい役作りと演技ですっかり見直してしまった。

が、やはりなんといってもモーガン・フリーマンに尽きる。

聞くところによると、以前ネルソン・マンデラが自伝を発表した折に「もし、貴方を演じてもらうとしたら誰がいいですか?」との質問にマンデラは「モーガン・フリーマン」と答えたらしい。
ストーリーの後半、モーガン・フリーマン扮するネルソン・マンデラ大統領がラグビー・ワールドカップ決勝戦試合前にスタジアムに入場するシーンがあるが、私はその時のモーガン・フリーマンがマンデラ本人に見えてしまった。「このカットだけ実はマンデラ本人がマンデラを演じて入場してるのか?」と、一瞬混乱してしまうくらいにマンデラそのもの。もちろん、私の見たのは錯覚で、マンデラ本人ではないのだが、今まで、映画を観ててあんな錯覚を起こしたのは初めてなので自分でも驚いてしまった。

事実とは言え、出来過ぎな結末だし、前作、前々作が傑作なので、ともすると少し軽い印象を持つかもしれないが、この『インビクタス 負けざる者たち』も文句ない傑作だと思う。

2009年12月31日

大系黒澤明/浜野保樹 編

大系黒澤明
とりあえず、第二巻が出たので購入、早速読み始めているので年始には読破の予定。
これまでの黒澤明の随筆や対談、座談会、等々、メディアで取り上げられた言葉や作品資料などをまとめた本でこれまで幾冊もの黒澤関連本を読んできたファンにとってもとても貴重になるだろうな。一冊の価格がなかなか高い上に全四巻の予定だから少なくとも、あと二冊は購入しなければならないが...
大系黒澤明その2
読み始めたばかりの第二巻で、これまでに知らなかった話し(例えば、映画「赤ひげ」のまさえ役は最終的には内藤洋子になったわけだけど、最終選考には酒井和歌子も残っていた。)等々、まだまだ知らなかった裏話が知れるので嬉しい。

編者、浜野保樹氏の著書はこの「大系黒澤明」以前にも「偽りの民主主義」も読んでいるが、こちらも取材と資料調べが詳細にされているし、考察も素晴らしい本なので読み応えあり。

2009年12月15日

生誕百年『映画女優 田中絹代』

生誕百年『映画女優 田中絹代』
京橋のフィルムセンターで開催中の生誕百年『映画女優 田中絹代』に行った。
但し、上映の方ではなくて展示室のほうだけだけど。本当なら幾つか未見の映画も観たかったのだが、スケジュールが合わず、展示室だけでもと言う事になったのだが、NFCに行って映画見てこなかったなんて初めてだったので、なんか変な感じ。
それでも、初めて見るスチール写真も幾つかあったし、絹代の従兄弟としても有名な小林正樹監督に宛てた手紙とその文面などが公開されていたり、絹代監督作にスケジュールの都合で出演出来ない、山田五十鈴によるお詫びの手紙、等々思ってたよりも満足いく内容だった。

2009年11月15日

茅ヶ崎館で『東京の合唱』を鑑賞

茅ヶ崎館
先週末の事だが、湘南邸園文化祭の一環として行なわれた小津安二郎でも有名な茅ヶ崎館での映画鑑賞会に行った。
作品は小津安二郎の傑作サイレント『東京の合唱』を活弁士の佐々木亜希子さんによる活弁付きで行なわれた。私は「東京の合唱」は未見だったので、久しぶりに体験する活弁付きの上映は楽しかったし、「綴方教室」以前の子役時代の高峰秀子を写真以外で観た事が無かったので、その面でもとても堪能できた。

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2009年11月 2日

映画『空気人形』

空気人形
是枝監督が惚れ込んで出演オファーをしに韓国まで出向いただけのかいあって、見事なまでにペ・ドゥナによるぺ・ドゥナの為の映画に仕上がってた。
ぺ・ドゥナは「リンダ リンダ リンダ」でも素晴らしい存在感を発揮してたけど、「空気人形」での存在感は、これほどイノセントな存在を演じる事が出来る女優(いわゆる売れっ子クラス)は日本にはいない。と、観た人なら誰もがそう思わずにはいられないと、思える程、お見事な役者魂のぺ・ドゥナ。また、その魅力を上手く映像化した是枝監督の映像センスにも相変わらずに脱帽だ。

ただ、余貴美子のエピソード部分は要らないとまでは言わないが、ちょっと雑で上手くいってない感じがするし、それにキャメラワークも少々、ルーズっぽくなる(移動撮影で)のが気になったけど、今回の撮影監督はリー・ピンビンだった事を知り、本来あまりカメラを動かさない是枝監督のいつもの調子と違うはずだぁ...と、納得。でも、ちと減点。

それでも幾つかの欠点を補って余りある素晴らしいショットに、見終わった後も長く余韻が続く。
個人的にはラストカットに落胆させられた「歩いても 歩いても」よりも好きな作品だった。

2009年9月19日

映画『フロスト×ニクソン』

フロスト×ニクソン
ロン・ハワードはわりと好きな監督なのでDVDを借りて観たが「天使と悪魔」などの超大作と違い、地味な小品だけどなかなか良い作品。
地味ながら演技力の確かな出演陣、特にケビン・ベーコンやサム・ロックウェルが脇でいい味だしてるし、私にはアンソニー・クインに似ていると思えても、リチャード・ニクソンにはとても結びつかないなぁ、と観る前から不安だったニクソン役のフランク・ランジェラも貫禄の演技力と存在感を発揮して、ある意味実在のニクソン以上に説得力のあるニクソン像を作り上げてる。
それに当時の関係者に回想インタビュー形式でドキュメンタリーを撮影している、という構成も中々、ユニークだけど、あざとさがなくて上手いと思う。

ところで、この映画のもうひとりの主人公であるデビッド・フロストに関して、私はほとんど知識を持ってなかったのだけど、ニクソンの出自や人物像とウォーターゲート事件に関する知識も人並みには理解しているので充分この映画を楽しめる事が出来たが、この作品はアメリカの政治史に興味のない人やウォーターゲート事件の全容を知らずに観ると殆ど楽しめないだろう。それでも観たいと思う人は最低限、O・ストーンの「ニクソン」とA・J・パクラの「大統領の陰謀」くらいは事前に鑑賞しておく事を勧める。

2009年8月13日

没後四十年 成瀬巳喜男の世界

没後四十年 成瀬巳喜男の世界
神保町シアターで一ヶ月以上も行われている「没後四十年 成瀬巳喜男の世界」へ行ったのだが、相変わらず成瀬特集は大好評で連日、好評満員との事だったので、その辺りを考慮して時間的余裕をもって行った。
「ひき逃げ」と「妻として女として」を観たが、「ひき逃げ」はのっけからまだ工場地帯に空き地の多い65年ころの根岸、本牧と三渓園をバックに逢い引きしている司葉子と中山仁の登場から始まり、中華街ロケシーン、打越橋から山元町、三ツ沢競技場と思いっきり近所と知った場所ばかりが舞台の話しだったので驚きと、より興味を持って楽しめた。脚本の松山善三は実家が磯子だからホンを書く上で設定しやすかったんだろうなと想像する。

「妻として女として」はまぁ、いわゆる女の確執モノで成瀬の得意な物語だが、本妻の淡島千景と愛人の高峰秀子の狭間でオロオロするばかりの森雅之の存在がたまらなく良い。あまりの頼りなさと無責任さが同じ同性である私が見ていても時折、イラっとさせられるのだが、こういう時の男の肝の据わらない感じや女性から愛想尽かされる感じ、そして女性達に詰め寄られてもひたすら及び腰で何らの決断も出来ない男のダメな感じがもう秀逸。森雅之の上手さと成瀬の演出は本当に鋭い。

見終わって劇場の表へ出るとタバコ吸いながら一緒にいる男性と「妻として女として」の談笑している小野武彦が居た。

それにしても、こうもハズレの作品がない成瀬にはただただ敬服するし、溝口、小津、黒澤、といわゆる世界的巨匠の三人の監督にちょっと遅れて仲間入りした成瀬こそが、最も、監督としての理想形に近いのではないのか、と強く思う。

2009年6月 9日

『ターミネーター4』

T4
先行公開で『ターミネーター4』を鑑賞。
今回から主役がクリスチャン・ベールになり、シュワ知事が主演しなくなった新生「ターミネーター」シリーズなので、ある意味での期待と不安が交錯しながら観たのだが、これまで現在や過去が舞台から近未来に移りここにきて、いわゆる典型的なSF映画チックになった「ターミネーター」は個人的には楽しめたし、CGを含めたアクションも力が入っているので目も飽きない。前作「T3」があまりにヒドイ出来だったので、相対的に今回の「T4」は良く感じるのかもしれないが、それ抜きでもまぁまぁの感じ。ただ、あまりにストーリー的にススーッと進んでいくし、作品全体のトーンもスマートにまとまっているので、もう一つ食い足りなさも残る。おそらく時系列通りのノーマルなストーリー展開になった事が、最大の要因だろうし、キャラクターにも異端の要素がなくアンチヒーローもののエッセンスは皆無になってしまった。
個人的には画面全体の彩度を落として青みがけて画調を統一している感じも気に入らないが、ま、こんなもんでしょ、くらいの気分で観れば楽しめるな。

2009年5月 6日

映画『バーン・アフター・リーディング』

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コーエン兄弟の新作『バーン・アフター・リーディング』は「ファーゴ」と「ビック・リボウスキ」のテイストを合わせたような作品でとにかくクレイジー。キャストの豪華さを目当てに普通のドタバタコメディを楽しむつもりで観るととんでもない目に遭うのだけど、案の定、ストーリーが進むほどに劇場内の女性たちがヒキツリ笑いを浮かべてるのが分かる。
私と友人、それにこの作品がコーエン兄弟の作品という事が分かっている観客だけが爆笑。
ひたすらに間抜けだけど、これが人生、人生とはいかに惨めで悲惨なもので他人から見ると滑稽極まりない時間か、といういつものテイストが存分に溢れていて個人的にサイコーに楽しめた。

クルーニーの"贈り物"があると色々な意味で助かる夫婦は多いだろーなー(笑)
"贈り物"が気になる人は是非映画を観て確認する事をおススメする。

2009年4月 8日

映画『ワルキューレ』

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トム・クルーズの新作「ワルキューレ」を観た。監督がブライアン・シンガーという事でとても楽しみにしていた作品だ。

観終わって一番驚いたのは、かなりのところまで史実に忠実に描かれていて、細かいエピソードや発言なども可能な限り、盛り込み丁寧に作っている。

この作品は歴史的にあまりに有名な「ヒトラー暗殺未遂事件」であのドイツの英雄ロンメル元帥まで暗殺計画に加担したかどで自殺を強要され死に至り、関係者含め200名以上が逮捕、死刑に罰せられたという大事件なので、ちゃんと近代史を知っている人ならばこの暗殺クーデター事件が大失敗する事は観ている観客は分かっているハズ(!?)なんだけど、それでも、ついつい「計画が成功してくれれば!」と、願わずにはいられない程、展開にグイグイ引き込まれてしまう。

出来の良い脚本と、サスペンス的展開を上手く演出したシンガー監督の手腕はお見事としか言いようがない。

この映画を製作・主演を完璧にこなしているトム・クルーズのパワーは言うまでもないが、テレンス・スタンプ、ケネス・プラナーを含め、トム・クルーズのまわりを固めている脇役陣の抑制の効いた演技が特に素晴らしくそれだけでもこの映画を観る価値あり。

歴史を知らない人はせめてこの映画くらいは観て多少は賢くなりましょう。

2009年3月10日

『その場所に女ありて』と『旅役者』を観る

東宝文芸映画の世界

なんかここのところ月一回は神保町シアターに行ってる気がする…(気がするじゃない、確かに行っている)
ま、それはさておき、文芸映画特集Vol.11『東宝文芸映画の世界』
兼ねてから観たかった鈴木英夫監督の「その場所に女ありて」と成瀬巳喜男監督の「旅役者」を鑑賞。

その場所に女ありて

鈴木英夫は最近でこそ再評価の兆しがあるものの、ほとんど忘れ去られていると言っても言い過ぎではないような扱いをされている。また、俳優イビリが有名な監督でもあるらしく、彼については自伝で悪く言う俳優もいるくらいだからまぁ、しょうがない面もあるかもしれないが…ま、かく言う自分も彼の作品をこれまで観た事ないのだからあんまり知った風な事は言えないんだけど…以前、読んでいた元東宝プロデューサーで並木座の代執でもあった金子正且氏著「その場所に映画ありて プロデューサー金子正且の仕事」でこの「その場所に女ありて」を鈴木英夫監督との思い出と共に書かれてあったのが印象的だった。

 主演の司葉子はこの作品に出演前、小津の「小早川家の秋」に出演、撮影も複数作品の掛け持ちをこなし体調があまり良くなかったらしいが、そのせいか生き馬の目を抜く広告代理店のビジネスウーマン役にピッタリはまっていて好演。作品自体も中々の佳作だった。

旅役者

成瀬巳喜男の戦前の1940年の作品『旅役者』は藤原釜足(この時期は藤原鶏太)主演の一種の芸道モノとも言われている作品だけど、まぁ、それほど芸道作品的色彩は強くない。むしろ軽喜劇と呼んだ方がしっくりくる。公開当時はあまり批評家の間での評価は良くなかったという話がまるで嘘のような良質の小品で実に楽しかった。

そう言えば同じ成瀬作品で41年の「秀子の車掌さん」もこの「旅役者」同様に真夏の季節が舞台になっているのだが、両作品で成瀬は藤原鶏太に氷屋でかき氷にラムネをシロップ代わりにかけて美味しそうに食べるシーンを演じさせている。この食べ方は成瀬自身のお気に入りの食べ方なのかなぁ?それともこの時分の食べ方としては意外とフツーだったのだろうか?そんな事がまたしても頭の中をグルグルと駆け巡ってしまった。

2009年2月18日

『新東宝大全集』

最近は徒然日記というより備忘録って感じになってるな…(苦笑)

新東宝大全集

この間、シネマート六本木、等で開催中の『60周年記念新東宝大全集 ~60年60日60作品+α~』に行ってきた。

鑑賞した作品は久松静児監督、香川京子主演の『女の暦』で香川京子出演作品の中でもかなり好きな作品なんだけど、映画館で観たのは今回が初めて。

まぁ、本当は他に未鑑賞の観たい作品が(「殺人容疑者」、「のんき裁判」等々)色々あったのだが、毎度のごとく私のスケジュールと合わないので今回はスルーするつもりだったのだが、『女の暦』の上映日に香川京子さんが登壇するというのを聞きつけ、急遽、行く事にしたのだ。行ける日で幸いだったし、新東宝時代の思い出話を著書や雑誌インタビュー以外で聴いてみたいと思っていたのでラッキーだった。

バラエティ・ジャパンにその時のトークショーの様子が掲載されている。

『007/慰めの報酬』

慰めの報酬

ダニエル・クレイグ=ジェームズ・ボンドにもコチラ側がだいぶ慣れてきたし、前作のモロ続編の今作も個人的にはすごく満足いく作品になっていた。それに久しぶりの007タイトルに邦題が付けられているという事とこの「慰めの報酬」というネーミングもイイ。

ところで、劇中にジャンカルロ・ジャンニーニが掛けていたサングラスはおそらく、いや、絶対にオリバーのヴィクトリーなのだが、その姿がめっぽうカッコ良くて、ダニエル・クレイグのサングラス姿もクールだけどそれより上行ってて貫録勝ち。

私もやっぱりヴィクトリー買っちゃおうかな、ストラマーにしようかと思ってたけど…

2009年2月 6日

『男優・森雅之』特集を観る

男優・森雅之

この手の特集は観たいプログラムが平日にもガッチリ組んであり、いつも恨めしい思いだが(神保町シアターに限らず)幸い一番観たいと思う作品は週末にも組んでくれてる事が多くて自分的には助かる。 2本鑑賞したがもちろん2本ともこれまで未鑑賞のもので川島雄三監督の「女であること」と堀川弘通監督の「狙撃」。 これは香川京子出演の唯一の川島雄三作品なので観たかった作品だったし、出演も原節子、森雅之、久我美子とかなり豪華だ。

のっけにいきなり丸山明宏こと三輪明宏が出てきてのオープニングタイトルの歌で幕を開ける。展開は市川崑監督の「あの手この手」の設定とダブってしまう様なコメディ的展開を装いつつ、中盤あたりから一気にシビアでシリアスな展開を繰り広げていく。という川島雄三らしい作品。

「狙撃」の方は加山雄三が凄腕のスナイパーで恋人役に浅丘ルリ子、そして加山雄三と対決する事になる超凄腕の殺し屋に森雅之。 正直、この映画は堀川監督によるものだけど、あまり良い出来とは思えない。展開もショットも平凡でVシネマのような感じだが、森雅之のノーブルな悪役ぶりと、どんな作品でも常にB級的な魅力で存在感を発揮する岸田森、藤木孝が脇を固めているので加山雄三の退屈な芝居もなんとか飽きずに観ている事が出来た。

ところで、この「狙撃」はもちろん初鑑賞というつもりで観たのだが、観ている間、ところどころなんとなく過去の記憶を揺さぶられている箇所があり、なんとなく森雅之が登場するくだり、劇中、ほとんどセリフ無しの事、ラストの加山との対決場面など、私の無意識の予想とデジャブのような感覚が交錯していたが、森雅之が加山雄三に撃たれて浜辺で倒されるシーンを観た瞬間、大昔(おそらく中学生時分だ)観た事があった事を確信した。 そうか、私はまだ森雅之なんて知らなかった中学生の時から無意識に森雅之のダンディでノーブルなカッコよさと出会っていたんだね。

2009年1月 4日

映画『ワールド・オブ・ライズ』と昨日の補足

昨日のエリセDVD-BOXについて書いた文章についてちょっと読み返してみたら言葉足らずになっていたので、若干補足しておく。

あのエントリーを読むとまるで紀伊國屋版を購入したことをDVD画質の面で購入直後から後悔しているかのように読めるが、「仮に後悔するような事になったとしても」という仮定の意味で書いたのだ、後で読み返してみて自分でビックリしてしまった(苦笑)

ついでに書いておくと、あの後『ミツバチのささやき』を鑑賞し、まったく後悔するには当たらないものだったと満足出来るモノだった。

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ワールド・オブ・ライズ

ワールド・オブ・ライズを鑑賞してきた。

傑作連発とは言えないが、ここのところ安定した作品をコンスタントに提供している感のあるリドリー・スコット。 ハリウッドで活躍する監督の中では経験も年齢もかなり上の部類に属するこの監督が未だにこれほどのバジェットで体力のいるアクションサスペンスを仕上げるパワーは中々のもんだと半ば感心しながら観てしまった。しかし、という事はその分、職人的な腕だけで撮ってるワケなのだが、その職人的な技量もこれまでよりも向上しているというのに驚きを覚えずにはいられない。 もちろん、まだまだ無駄な部分も目につくんだけど…

ま、それでも、ビジュアリストの称号を欲しいままにしたブレードランナーの時よりも、ヒットメイカーとしてブラック・レインやテルマ&ルイーズを撮った時よりも、今が一番ノッてる時期なのかもしれない。 ただ、上手くなってる分、洗練されてしまっているのでリドリー・スコットのオールドファンには物足りなさを感じてしまうのも事実だけど、この作品などを見ると彼は“アーティスト的な監督”よりも“職人監督”になりたかったんだろうな、とつくづく思う。

2009年1月 2日

ビクトル・エリセDVD-BOX

ビクトル・エリセDVD-BOX

やっぱり買ってしまったエリセのDVD-BOX。

留守中の元日に届いていた。

悪名高い東北新社版とも綺麗だが明るすぎるクライテリオン版とも違う紀伊國屋版。ネットでも色々と画質に関する比較や意見が飛び交っているが、さぁ、これから自分の目で確かめる。

ま、買ってしまっておいて「やっぱり違うかも」なんて後悔しても始まらないが、まぁそれ程失望する事もないかと思っている。小生はそれほど画質、画質と連呼する厨房ではないし、東北新社版の様なエリセの世界観を著しく損なう色でなければそれで充分なのだからね。

ビクトル・エリセDVD-BOXの続きを読む

2008年12月16日

野上照代が選んだ映画たち -野上照代が日替わりゲストと映画のはなし-

野上照代が選んだ映画たち

伊藤大輔のサイレント期の作品『忠次旅日記』を澤登翠さんの活弁付きで鑑賞。

この前のNFCで行なわれていた『生誕110周年スターと監督大河内傳次郎と伊藤大輔』の時には観る事が出来ず仕舞いだったのででさして間も空かずに再び初鑑賞のチャンスが訪れたのは嬉しい。この作品をセレクトしてくれた野上女史に感謝!

その次は野上照代さんの恩人で、氏のその後の人生を変えたと公言して憚らない伊丹万作監督の『赤西蠣太』をこちらも初鑑賞。 非常にユーモラスでフィルムに独特のリズムがあるのでポンポンと退屈せずに観ていられる、良質のコメディ的作品だった。一人二役で主役を演じた片岡千恵蔵が不細工丸出しの田舎侍を演じていたが二枚目専門の千恵蔵のあんな姿を初めて観て驚いた。野上氏は「千恵蔵はこの役を嫌がっていたらしい」とコメント。

最後は野上照代さんと澤登翠さんによるトークショー。野上氏と伊藤大輔監督、伊丹万作監督との思い出について語っていたが伊藤大輔について「スゴイ監督で頭も良くて怖いんだけど、撮影中、入り込んじゃって泣いたりするので、ウェットなのが嫌いな自分には苦手だった。その点、伊丹監督は理知的で決して泣いたりなんかしなかった。でも今になると伊丹監督の事を含め伊藤監督ともっとお話聞いておけばよかったなぁ、と思う」と話していたのが印象的。その野上女史のクールな語り口とは裏腹に野上氏の前で恐縮しっぱなしの澤登翠さんは伊藤大輔ファンという事で熱く熱く伊藤大輔について語っていたのが2人の少しチグハグな雰囲気を醸しだしていて面白かった。

う~ん、モーレツに『下郎の首』がまた観たくなってきた…やっぱりDVD買おうかな… でもビクトル・エリセのDVDBOXも買わなきゃいかんのに…ま、でも『マルメロの陽光』が入ってないからちと様子見するかな、まだ悩む。

2008年11月04日エントリー記事

2008年12月 7日

映画『羅生門 デジタル完全版』

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久しぶりの更新となってしまった...先週までの忙しさと不覚にも引いてしまった風邪もようやく落ち着いてきてブログ更新する余裕が戻ってきた。

という事で招待券を貰っていた『羅生門 デジタル完全版』を角川シネマ新宿で観てきた。東京国際映画祭で特別上映された時は行けずじまいだったので、招待券無くても行こうと思っていたが、ラッキーだった。来年早々には角川からBDとしてリリースされるけど、ちゃんと劇場で観ないとね、やっぱり。

まぁ、何回も観ている作品だから何だけど、撮影の宮川一夫氏の意図したモノクロ階調に限りなく近く復元されている様だし(復元に当たって宮川氏所有のカット・ネガを参考にしたらしい)これまで抜けが悪くて影など暗い部分が潰れてしまっているところが再現されている。そして何よりも嬉しいのは、これまで聞き取りづらいと言われてきたセリフがほぼ聞き取れるようになっている事だ。特に早口でまくし立てる三船のセリフがちゃんと聞き取れるのでストレスが少なくて済むのが嬉しかった。

これを皮切りに角川のみならず日活や東映、そしてこの手の事に特に消極的な姿勢を感じる東宝なども不当な扱いを受けている名作映画を甦らせて欲しいものだ。

2008年11月 4日

幻の映画『祇園祭』

生誕110周年スターと監督大河内傳次郎と伊藤大輔

NFCで開催中の『生誕110周年スターと監督大河内傳次郎と伊藤大輔』で10月18日の「明治一代女」鑑賞に続いて「祇園祭」を観てきた。

「明治一代女」は今回初めての鑑賞だったのだけど伊藤大輔の戦後作品としては「下郎の首」程ではないにしても、幾つかの素晴らしいショットと、期待通り、いつも妖艶な木暮実千代の演技、そして共演の田崎潤との壮絶で悲愴漂うクライマックスへ向かうストーリーとキャメラの連動が見事で伊藤大輔の持ち味を存分に楽しめた作品だった。

「祇園祭」の方は、現在までテレビ放映はおろかビデオ、DVD化もされる事はなく、関西地区でも滅多に観る事が出来ない幻のような作品なのだが、今回はこの東京でもその幻の作品を観る貴重な機会という事でそれなりに楽しみにしていた。

なぜ、それなりなんて中途半端な表現かと言うと、監督が伊藤大輔ではなく、山内鉄也というかなりビミョーな監督がメガホンを取っているのと、中村錦之助のあまりに流暢な台詞回しが映画的なリアルさから程遠く感じてしまう、という個人的な好みの二点の理由なのだけど… まぁ、実際に鑑賞してみると案の定、不安的中だった。だらしないズームアップやパンなどのキャメラワーク、ダラダラ長い脚本に説明セリフの数々…ここまでくると、もうどうにもならない。東映のテレビ時代劇スペシャルを観ているようだ。

長年、伊藤大輔が温めてきた企画というだけあって、とても興味深い壮大なスケールの題材なだけに伊藤大輔が監督を途中降板なんて事態にならなければ、どんな傑作になっていたのだろうか?と思わせるだけに、この作品の残念な出来には腹立たしさすらこみ上げてくる程だ。
席を立ちロビーを歩いていると方々で他の観客も同じような事をいっていた。
はぁ~残念…

『祇園祭』 応仁の乱に続く戦渦の中で長年途絶えていた祇園祭が、京の町衆の力で復興するさまを描いた大作。伊藤大輔が長年あたため、京都府の府政100年事業として製作にこぎ着けたが、伊藤は途中で監督を降板し、クレジットには企画として名前をとどめている。昨年京都で映画「祇園祭」復元版上映委員会が行った復元の成果をもとに、オリジナル・ネガから復元したプリントを上映(協力=京都府、京都文化博物館)。
'68(日本映画復興協会)(企画)伊藤大輔(監)山内鉄也(原)西口克己(脚)鈴木尚之、清水邦夫(撮)崎新太郎(美)井川徳道(音)佐藤勝(出)中村錦之助、滝花久子、佐藤オリエ、岩下志麻、永井智雄、田中邦衛、志村喬、田村高広、三船敏郎

 

2008年10月16日

神保町シアター『昭和の庶民史・久松静児の世界』

昭和の庶民史・久松静児の世界
『警察日記』、『南の島に雪が降る』など人情喜劇やホームドラマに定評があった久松静児監督の『女囚と共に』、『早乙女家の娘たち』を鑑賞。

森繁がちょっと苦手なので『喜劇・~』関係など観てないのだけど、ぜひとも『女の暦』や『安宅家の人々』とかDVD化をしてもらいたいといつも思っている好きな監督の一人だ。

この久松静児も庶民派の職人監督という意味では成瀬巳喜男と似たものがあるが、成瀬は人生というものを女性と男性の因果をクールな眼差しで見つめているのに対して、久松には情感溢れるペーソスが流れていて、温かい眼差しがある。そういう意味では両監督は似て非なる存在だけど、どちらも映画会社からの要請にキッチリと応えつつも自身の作家性をキッチリ守った手腕は本当に素晴らしい。

2008年10月 9日

映画『アキレスと亀』

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たけしの映画を劇場で観るのは「座頭市」以来となるが"売れない画家の話"になると知った時から観たいと思っていた。世間では今回も相変わらずの賛否両論の評判らしいが、それはいつもの事で北野映画にはお約束の様なものだし、それに「TAKESHIS'」や「監督・ばんざい!」の世評に比べれば遥かにマシだろう、ヴェネチア効果もあって。

「座頭市」は請負仕事だし、鑑賞直後は結構良いと思った「BROTHER」も久しぶりにDVD引っ張り出して観たけど「こんなんだったかなぁ~?」の二時間強だった。画面のスカスカした感じ(たけしの映画の特徴と言えば特徴だけど)が平板な物語を更に退屈なものにしているし、ガン・アクションもVシネじみていてチャチ。主人公が日本を離れるまでは結構いいんだけど、アメリカに舞台が移ってからはまるっきりダメで日本人がアメリカで撮影していますって空気がそのまんま画面にも映っている。鑑賞した公開時も「ああ、たけしでもやっぱこの空気が出ちゃうんだな...」と思ったもんな。
まぁ、よくよく思い出してみれば、この映画は山本耀司の衣装が好きで観ただけと言った不純な動機が多分にあったワケだから耀司だけ堪能出来れば充分ではあったんだけど(苦笑)

ま、それはさておき、

「アキレスと亀」はここ数年の北野映画の中では一番の作品なのは間違いない。

映画『アキレスと亀』の続きを読む

2008年10月 4日

『名匠 成瀬巳喜男の世界へ』

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新文芸坐で開催中の「名匠成瀬巳喜男の世界へ」で『女の座』『女の歴史』の2本を鑑賞。
『女の座』は以前に観ていたのだが、今回が初めてだった『女の歴史』が結構、重苦しい内容だったので『女の座』もついでに鑑賞。
成瀬の作品は内容もタイトルも似通ったものが多いので、つい「いつか見た話」みたいな感じで結構、頭の中がゴッチャになりがちだけど、安心してみていられる繋ぎの上手さとセンスの良さがたまらない。黒澤の一度観たら忘れられない"強烈なショット"や小津の"完璧な構図"の様に見ていて印象的なシーンというものはフィルムから感じる事はあまりないが、観終わった後に込み上げてくる余韻というのはジワァ~と長くて続く。
やっぱ、成瀬の方が小津より女性を見つめる視線が冷めている分洗練されているし、描くのも上手いので好きだな、なんちゃってじゃなく本物の江戸っ子の粋を感じさせてくれる監督って感じがして。

久しぶりに『稲妻』でも観ようかな。

2008年9月29日

映画『東南角部屋二階の女』+香川京子&池田監督トークショー

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渋谷ユーロスペースで『東南角部屋二階の女』を鑑賞。
今回、初メガホンの池田千尋監督は藝大で北野武と黒沢清両監督に師事したという、まだ20代の女性だ。東京藝大大学院映像研究科映画専攻監督領域の一期生として2007年に卒業したばかりで初監督はさまざまなプレッシャーが掛かっていたと思うが、そういった気負いのようなものがスクリーンからはまったく感じる事なく、自然かつ堂々とした演出といった印象。

キャスティングも的確で、主演の2人、西島秀俊、加瀬亮、それに竹花梓、塩見三省、高橋昌也、香川京子(裏主演と言っても良い)全員、佇まいだけで役柄を表現出来る役者ばかりなので無駄さがなく台詞もアクションも必要最小限で済んでいる感じがする。特に老人役の高橋昌也はボケてるのかボケてないのか分からない、全編通して「うん」の一言しか台詞がない役でありながらものすごい説得力のある演技で存在し続けている。もう、殆んどキャスティングした段階で撮影は成功したも同然だったのではないだろうか。

今どきの頼りない若者と色々な事を呑み込んで生きてきた老人の淡々としたストーリーだけど最後はほんのり温かい気分にさせてくれる良質の小品の趣。

ただ、画作りに作り物的要素を排除する為からか、全編、高感度フィルムを使っているかのような粒子の粗いザラついた映像はちょっと余計な“作り物的要素”に逆になってしまっている感じがしなくもないが、スタンダードサイズでの撮影という選択は素晴らしいし、何よりも、視線が素晴らしい監督なので2作目、3作目とブランク開けずにドンドン撮ってもらいたいなぁ~と思う。


上映後はお目当てであった香川京子さんと池田千尋監督、ヴァラエティ・ジャパン編集長の関口裕子女史司会によるトークショーがあり、香川さん起用の理由などについて話していたが、池田監督は香川さんに出演をお願いするにあたり、一着しかないリクルートスーツを着て緊張の面持ちで依頼したとの事。この辺りに20代の新人監督の初々しさが出てて微笑ましい感じ。

ABCでの周防監督とのトークショーといい、今回のトークショーといい、1年に2度も香川さんの話を目前で聴く事が出来て嬉しかった。

2008年8月 2日

大佛次郎の娘さんも一緒に鑑賞した『霧笛』 -横浜黄金町映画祭

横浜黄金町映画祭及川道子、井上雪子
名画座シネマ・ジャック&ベティで行われた横浜黄金町映画祭に参加。1930年代のサイレント名画の『港の日本娘』と『霧笛』を鑑賞。

港の日本娘
清水宏の『港の日本娘』は以前にも観ているけど、今回は活弁付きの上映とあって(ビデオやDVDでしか活弁を体験した事が無かったので...)とても楽しみにしていたのだ。
映画史研究家丸岡澄夫氏による活弁は氏が横浜在住で実景シーンが出るたびに「ここは伊勢佐木町の有隣堂とノザワ屋(現松坂屋)の前です。」とか「この原っぱは後の港の見える丘公園の場所です」などと細かく注釈を入れながらの活弁が楽しくて、以前『港の日本娘』を鑑賞した時には確信がもてなかったロケーション場所が「ああ、やっぱりそうか」と納得したり、「ええ?そうなの」などと教えられたりしてとても勉強になった。

霧笛
今回の一番の目当ては村田実監督の『霧笛』
村田実といえば、映画監督としては溝口健二の兄貴分と言える人物で残念ながら44歳の若さで亡くなり、トーキーを撮る事はなかったのだけど、後年、サイレント期のスターだった中野英治が「村田実が生きていたら溝口健二などメじゃない」と述べているし、新藤兼人監督も「もっと村田実は評価されていい」と語ってるのを聞いていたので、そんなにスゴイ監督なら是非観てみたいと常々思っていたのでついに観られるかと思うと嬉しくてしょうがない。
溝口健二自身の弁によると当時、村田実が男性モノで上手くいってたから二人いてもしょうがないという事で自分は女性モノを撮るようになったらしい。

この『霧笛』は大佛次郎原作で開港当時の横浜を舞台にした男と女の物語。私の座っていた座席の2、3席隣りには大佛次郎の養女の野尻政子さんと大佛次郎研究会の方もいらしていて、上映前の挨拶で『霧笛』の「登場人物のモデルとなった方はホテルニューグランドのバーテンダーをなさっていた方で酔っ払った大男の水兵を投げ飛ばしたりするほど強い人でした」などエピソードを語っていた。

映画自体は乱闘シーンなどちょっとしたアクションもあるし、カットがものすごく細かいし、繋ぎの上手さとテンポの良さで心地よいリズムで話が展開していく。そして明治初期の横浜外国人居留地の風情がリアルに再現されていてサイレントであるのを忘れてしまいそうになるし、まるで台詞が聞えてくるような錯覚を覚えるほど真に迫ってくる演出。ものすごいぞ村田実!

とにもかくにも、期待に違わぬ監督振りで村田実の作品を観れたのは大きい収穫だった。

2008年7月30日

映画『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』

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観てから少し時間が経ってしまったが、一応感想など。

観る前から世間では賛否両論だったので、"過度な期待は禁物"と用心していたのが功を奏してインディ最新作をそれなりに楽しむ事が出来た。ただ一緒に観ていた友人は憤怒していたが...

なんだかんだ言っても、この手の冒険活劇のスピルバーグの演出の上手さはさすがで、随所にスピルバーグらしいと言うべきかインディ・シリーズらしいカットの連続でコアなオールドファンには嬉しくてたまらない。流れる様なカッティングと編集は特に大学キャンパス内のカーチェイス・シーンはまさにスピルバーグならではで個人的には、そのシーンでようやくインディ・ジョーンズを観ているという実感が湧いてきた程だ。
全体的に観ればそれほど大仕掛けのシーンではないけどこういう古典的なアクションシーンの演出の確かさにスピルバーグの真骨頂があるように思う。

ハリソン・フォードにはさすがにブランクを感じずにはいられないが、それでも健在ぶりはまだまだアピール出来てたし、『レイダース 失われたアーク』以来の出演となったカレン・アレンも腰回りがちょっとボリューム・アップしてたけどそれ以外はあまり変わっていなくてこちらも嬉しい再会。今は亡きデンホルム・エリオットも写真と銅像(中オチに使われている)で登場したのも懐かしさを誘う演出でマル。

ところで、この作品に関して賛否両論というのは間違いなくクライマックス部分のオチにある訳だが、ああいった(ネタバレになるので詳しくは書かないけど)方向に展開を持っていかなければならないのか?(ルーカス、スピ、ハリソンをもってしてもハリウッド的大風呂敷の習慣に流されてしまう)個人的な感想としては賛否の否の側だけど、スピが『未知との遭遇』、『E.T』、『宇宙大戦争』の監督である事を思い出せば、然もあらん事かなと妙に納得させてしまう様な歪さをも魅力の一つとして飲み込んでしまう程、このシリーズはバケモノ・シリーズになってしまったという事。『ハムナプトラ』なんか目じゃないというところだろうな。

2008年6月16日

新文芸坐

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ちょっと前だけど池袋の新文芸坐にて行われている「日本映画のヒロインVol.2香川京子」で成瀬巳喜男作品の『杏っ子』『驟雨』を鑑賞した。

久しぶりの池袋だったがいつ行ってもローカルな匂いを漂わせている街並みが何ともいい感じ。

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数日前、朝起きてみると声が出ないのでビックリ。他に身体の調子はまったく悪くないので不思議に思っていたらノドがだんだんいがらっぽくなりどうやら炎症を起こしているらしかった。

その夜は久しぶりの友人3人と呑む約束をしていたのでなんとなく断りにくく、その場で事情を説明、少しセーブしようと思っていたが、結局はいつもの調子で喋り続けの呑み続け。帰宅する頃にはすっかり声が潰れていた(苦笑)

友人に「俺もちょっと前、同じ症状にあったよ、オフィスでもみんななってるよ、インフルエンザじゃないけど、風邪だよ」との事だった。こんな事は初めてだ…声が出せないというのはなんと不便な事か。

2008年5月 3日

巨匠清水宏の復権

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ようやくDVD化された清水宏監督の松竹時代の作品集。
今回DVD化された3作品+ボックスの特典ディスクにも収録されたサイレント時代の作品『港の日本女』や『小原庄助さん』、『花形選手』等々、 数本しか清水宏の作品は観れていないけど、まさに天才的な監督だ。

独特なキャメラアングルが映し出す牧歌的な風情とどこまでも自然体のお芝居。今風に表現する と“下手ウマ”の極みで、演出をしないのが演出と言わんばかりにキャメラも覗かない、演技も付けない、編集もしない。撮りっぱなしで後は助監督まかせ。そんないい加減とも思える仕事振りも仕上がってみれば誰がどう見ても清水宏の刻印入り作品。まさにゴーマニスト清水の真骨頂。

こんなシャシンは逆立ちしても小津や溝口には撮れない。もちろん、それぞれの個性が違うのだから当たり前ではないか!と言われれば、その通りなのだが、小津や溝口が評するところの清水宏の“変態ぶり”…もとい!“天才ぶり”はそんなレベルの話ではないのだ。

清水宏を“オヤジ”と呼び慕った笠智衆の有名な言葉「清水のオヤジが忘れられてるのは納得いかない。」
まったくその通りだ。『按摩と女』の完全リメイクの石井克人監督、SMAP草彅剛主演の映画『山のあなた〜徳市の恋〜』経由でも良いから“忘れられた巨匠”清水宏が復権する事を期待したい。

2008年4月27日

香川京子×周防正行トークショー&サイン会

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青山ブックセンター本店で行われた『愛すればこそ』(毎日新聞社)刊行記念香川京子×周防正行トークショー&サイン会 「女優の眼、監督の眼」に行ってきた。

もう殆んど、かぶりつきの様な状態で観る事が出来て本当に感動的というか感激だ。なんせ黒澤明、溝口健二、小津安二郎、清水宏、成瀬巳喜男、と挙げればキリがない程の日本映画界屈指の巨匠達の作品に数多く出演し、そのどれもが傑作揃い。今なおも最新作の公開を秋に控えている第一線の映画女優の貴重な経験話を真近で拝聴出来るワケだから感動しないワケがない。「東京物語」の京子ちゃんが、「山椒大夫」の安寿が、そして「どん底」のおかよ坊がそこにいるのだからね。

周防正行氏も監督としての立場から現在の映画製作現場と昔の撮影所システム全盛期や演出方法の違いについて語っておられ香川さんとの丁寧なやり取りが繰り広げられた、あっという間の1時間半。

最後はシッカリとサインもして頂いて大満足な土曜の夜だった。

スケジュールの都合がつけば新文芸坐でのトークショーにも行きたいなぁ。

2008年4月12日

映画『叛乱』

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前々から観たいと思っていた映画『叛乱』を鑑賞した。

この作品は佐分利信が監督で数ある2.26事変を題材とした作品の中でも傑作の部類。 ただ、佐分利信が監督したと言っても撮影中、病で倒れ監督降板となってしまい作品全体の4分の1しか撮っていない。残りは阿部豊が応援監督として撮り上げたので事実上は阿部豊監督作品と言ってしまった方がシックリくるかも。それでもクレジットではあくまでも佐分利信監督作品となっているのは、中抜き無しの順撮り主義の佐分利テイストを阿部が違和感なく引き継いでいるからなのだろう…そういう意味ではこの作品はやはり立派な佐分利作品といえるのかも。 

決起した若手将校達の想いは真っ直ぐで純粋。当時の腐敗堕落した政府重鎮を嘆き、これを正し貧困に喘ぐ農村の民を救うには我々が立つしかないと信じる。しかし、彼らはあまりにウブでナイーブ。場当り的で無計画に過ぎ、あげくには「天照大神の御心のままに」と神頼みの出たとこ勝負に自分達の命運を賭けてしまう。もう殆んど三流の博徒並みの下手打ちだ。勝負する前から勝負はついてる。そんな彼等の純粋で崇高な主張も彼等自身の人格的未熟さから信頼していた上官からも裏切られ、味方になってくれると信じた国民にも受け入れられず、陸軍の権力闘争に利用される始末。そしてダメ押しは天皇に叛く逆賊の徒の烙印を捺されてしまう。

そんな若手青年将校を中心に描きながらも決して彼等の皇道に同情的にも批判的でもなく、淡々と見つめている佐分利の眼差しはなかなか渋い。監督としても評価が高かったようだが…納得。

この作品で一つだけ残念なのは監督の佐分利信が降板するまで西田税役で出演も兼ねていたのが幻の出演になってしまったことだ。 観てみたかったな、佐分利の西田税。

2008年3月 9日

映画『アメリカン・ギャングスター』

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リドリー・スコットはビジュアリストからストーリーテラーへ昇華したようだ。ここ数年の間の彼の監督作を観ると明らかに映像の語り口が変わっている。別に否定的に捉えているワケではなく客観的な事実として。彼は映像のもう魔術師ではない?!否、そんな事はないと思うが、これまでと明らかに画に対しての執着心が違う。ストーリー展開と心理描写に重点を置いて映像美は二の次なのだ。

この「アメリカン・ギャングスター」にもその傾向がはっきり見てとれる。話の紡ぎ方が流れるように上手くこれまでリドリー・スコットというと「映像は比類ないけど、ストーリーが弱い」という弱点を完全に克服していて演出に自信が漲っている。それが証拠に「ブラック・レイン」辺りまでに見られた描写の不安定さが10年間位の迷走期を経てすっかり消え去り、「グラディエーター」以降、今日では最も安定感のある監督の仲間入りを果たしている。今度製作されるリドリーの新作でもラッセル・クロウが出演するらしいが、あのブヨブヨのオージーはリドリーにとって福男なのだろう。

今作品においてはデンゼル・ワシントンとラッセル・クロウという2人の演技巧者に依るところも大きいと思うが、堂々とした演出に風格すら感じさせ監督として完成しつつある事を強く感じた映画だった。

ノン・フィクションをベースにした作品としてはシドニー・ルメット監督、アル・パチーノ主演の「セルピコ」が思い出されるところだが、この「アメリカン・ギャングスター」も負けずとも劣らない優れた作品だと思う。

2008年3月 2日

『黒澤明生誕100年プロジェクト』に期待する事は

2010年に生誕100年を迎える黒澤明のプロジェクト「AK(アキラクロサワ)100プロジェクト」が始動したとのいうニュース。

Variety Japan
ベール脱いだ黒澤明生誕100年プロジェクト

先んじては今秋にアメリカで開催される映画芸術科学アカデミー主催の上映会「AKIRA KUROSAWA Exhibition」が行われるらしくAK(アキラクロサワ)100プロジェクトが全面協力するとの事。 「AK(アキラクロサワ)100プロジェクト」には黒澤久雄氏、黒澤和子氏、三船史郎氏、野上照代氏、そして香川京子氏もこのプロジェクトに参加しているらしくとても喜ばしいというか嬉しい事。
やっぱりねぇ~山田五十鈴、久我美子、原節子、等々黒澤作品に出演した女優陣の中でも最多5作品に出演し、今も尚現役の女優として活躍されている香川さんをこのプロジェクトから欠く事なんて考えられないもんなー。

まぁ、これからの2年間はアート面でもビジネス面でも何かと黒澤関連の企画が出て盛り上げるようだけど、やはりもっとも期待したい事は野上照代氏も事あるごとに方々で言っている黒澤明の『トラ・トラ・トラ』監督降板するまでに撮り終えたフィルム(フォックスに保管されているハズとされている)その幻のフィルムの公開とあまりに尺が長すぎるとの理由から当時東宝に大幅カット編集を要求され激怒した黒澤が「フィルムを縦にカットする!」と言い放った『白痴』の完全版の公開。やはりこの二つは黒澤明の偉業を完成させる上で欠かせない事業だ。ハッキリ言ってこのAK(アキラクロサワ)100プロジェクトの意義はそこにあると言っても過言ではないのだから是非この事は達成してもらいたいと思う。

2008年2月12日

映画『母べえ』

黒澤明のファンにお馴染みの野上照代女史の原作を吉永小百合主演で山田洋次が映画化したという事でちょっと興味があったので鑑賞してきた。

う~んいざ始まってみると、カット割りが平凡で切り返しも工夫がなくて細かい箇所が気になり中々話に集中し辛かった。その為かどうか、'普通の戦時中の苦しかったどこにでもあるお話'という程度に留まってしまっていて母べえの個性が際立ちにくくあまり活きてないし、思想犯として捕らわれてしまった父べえの苦悩と苦労が走馬灯の様にサラサラッと流れてしまう。もっともっと当時の苦しさや世知辛さが表現出来るハズの山田洋次監督なだけにすっかり丸くなってしまったのねぇ...と残念に思わずにはいられない。
それでも印象的なカットもある。ジメジメと薄暗く不衛生極まりないタコ部屋状態の牢獄に押し込められている苦痛に満ちた表情の父べえの寄りからキャメラがスーッと引いていくと牢獄部屋の様子があらわになり、ギュウギュウ詰めの状態である事が分かると同時にキャメラは右横にパンし小窓を映し出す。その小窓からは晴れ晴れした青空と真っ白い雲がゆーっくりと流れている。天国と地獄のコントラストがよく表れている。それと浅野忠信扮する山ちゃんが乗っている軍の輸送船の船内シーンも美術とか特効含めて良く出来たシーンだと思う。

父べえ(坂東三津五郎)の妹役の檀れいは結構私も好きなタイプの女優さんで「武士の一文」に引き続いての山田組だから(「武士の一文」は未見)どんな芝居をするのかと期待していたけどあんまり上手くいってない。展開するにつれて良くなっていくのだけど、前半の彼女は良くない。彼女の憧れの木暮実千代には遠い感じ。浅野忠信はまぁまぁ上手くいっているけどそれでも、もっと上手く演じられたと思う。一番自然で上手かったのは初べえの志田未来と照べえの佐藤みくの女の子二人。

戦争を知らない世代の若者に見てもらいたいと思うのならもっとえぐらないと伝わらないのではないかな。どうしても「これ位でいいか...」という感じで撮ったような印象がぬぐえない。ひょっとして『武士の一文』もこんな感じだったのだろうか?
まぁ、色々言ったけどこれは山田作品に対する期待値が他の監督よりも高い為に辛くなるワケで決して駄作という事ではないので普通の期待には充分応えている作品だと思う。大体がこの水準の豪華オープンセットで考証もしっかり映画製作出来る監督は今や山田洋次しかいない。(山田洋次しかいない事が悲しい事だけど)
違う観方をすると吉永小百合は疲れた感じであっても"吉永小百合"としての美しさをスクリーンで魅せてくれるし、得意の泳ぎを披露するというサユリスト必見のシーンまであり、まさに吉永小百合の魅力満載な映画だ。

2008年1月31日

市川崑の『日本橋』ではねぇ...

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泉鏡花原作、市川崑監督作品の『日本橋』

いわゆる鏡花モノと言われているものだけど、この「日本橋」といえば戦前のサイレントで溝口健二が作っており、事あるごとに淀長さんがこの溝口作品の『日本橋』を絶賛している。もちろん小生も観てみたくてしょうがないのだが、この溝口版は多くの溝口作品同様、フィルムが消失していて観る事が現在出来ない。
う~むむ...この"観たい衝動"をどこへぶつければ良いのだ!と思いつつとりあえず市川版「日本橋」にぶつけてみる事にした。ただ市川崑なのがもの凄く気になったが...
市川崑の作品は好きな作品も幾つかあるし今日では日本映画界最後の大御所なのだけどどうも作風があまり好きではない。人間の描き方に対しての追い込みが甘くなるしちょっと狙いすぎのカットが気になってしまいどうも本筋から気が散ってしまう事が多々ある。

とりあえず鑑賞してみると、ああ、やはりいけない...もったいぶった演出、男と別れて狂ってしまう淡島千景演じるお孝の悲しさが充分に出ていないし、山本富士子の美しさも充分に表現されているとは言いがたい。そのうえこの映画は前編セット撮影なので日本橋が舞台だというのに充分に世界観が伝わってこない。永田雅一が製作なんだから潤沢な製作費でオープンセット建てて撮れば鏡花のエロティシズムと市川崑のロマンティシズムが交わってもっとよい作品になったと思うのだけど。

やはりこうなると溝口健二の『日本橋』がどこからか偶然にでも発見される奇跡を願うしかない。本当に本当にどこにも無いのかなぁ~。

2008年1月25日

まんまるお月様と「晩春」

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帰り掛けに見かけたお月様。久しぶりに見事な橙色だ、ちょっと怖いくらい輝いている...


最近、溝口健二の凄さを再認識してからすっかり溝口ワールドにドップリと浸かっている状態が続いているのだが、そんな中、「もう一度ちゃんと日本映画の名作を見直したりして映画を勉強し直そう」などと自分に言い訳しながらちょこちょこ鑑賞している。

この前は映像学時代以来となる小津安二郎の「晩春」を鑑賞。この作品は鑑賞当時、あのセクシャルな親子関係が受け付けなくてどちらかというと不快な作品という位置付けだったのだが、十数年経って改めて観ると不思議とその近親相姦的なある種のタブーを連想させる小津の考えというものが、なんとなく意図として理解出来た様な気がしてとっても好きな作品になった。単に家族内の出来事を描いているだけではなく、人間の本質的なエゴを冷徹に眺め描いている。その意味で小津のするどい批判精神が素晴らしく発揮されてる作品で今更ながら名作であることに感動。やはり映画はストーリー運びなどに振り回されるものではなく1カット1カットを大切に観るものなのだ。

この「晩春」に長い間付いて回る近親相姦議論についても"壷"カットに関しての問題でも、今だ小津研究家の間では明確な結論は出ていないようだけど、個人的にはタブーに触れるという無意識下の意識として小津監督の中にはあったと思う。

素晴らしい映画だ。

2008年1月16日

古雑誌・アサヒグラフ増刊

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神保町の矢口書店で購入したアサヒグラフの増刊「追悼・三船敏郎」と「追悼・黒澤明」それと都築政昭著「天国と地獄 ドキュメント・憤怒のサスペンス」

アサヒグラフの方は発売当時に買いそびれたまま存在自体を忘れ去っていたものだけに、発見した時にもの凄くテンションが上がってしまい即購入。「追悼・三船敏郎」、「追悼・黒澤明」共にスチール写真やスナップ写真が充実していてファンには嬉しい内容になってる上に「追悼・三船~」の方では香川京子さんによる追悼記事が載っていてさらに大満足な買い物となった。

都築政昭著「天国と地獄 ドキュメント・憤怒のサスペンス」もやはりいつか「読まねば…」と思っていたところだったので合わせて購入。あの有名な特急こだまでの“身代金受け渡し”撮影が、全車両貸切の一発撮りだったためスタッフ・キャスト共に異常なテンションの雰囲気だった…などなど詳細に書かれて制作現場の熱気が伝わってくる。昔、この撮影で使った吉田カバン特注による身代金を入れたカバン小道具を拝見した事があるけど、その事も思い出しながら読んでいるとちょっと感動的な気分。

2008年1月 9日

溝口健二

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溝口健二の作品に助監督として関わっていた新藤兼人が溝口健二の人生を追っかけながら、その人物像と作品の本質に迫るべく制作された1975年公開のドキュメント映画作品「ある映画監督の生涯」を観た。

この映画の監督である新藤自身がインタビュアー&ナレーションも自ら努めているのが、溝口健二を崇拝している新藤監督だけに溝口健二の複雑な人間性の闇の部分に関して切り込み方が甘くなるというか客観性が弱く好意的に解釈してしまうのがやや鼻に付く。もっとも、このドキュメントは偉大なミゾグチ作品を作り上げた偉大な映画監督"溝口健二"を讃える為に制作されたようなものだから無理もないんだけど...それにしても、溝口との確執があった女優入江たか子に対するインタビューや溝口が惚れていたとされる田中絹代に対してのインタビューでも幾分か思い込み解釈と押し付けがましさが感じられてしまう。入江も田中もスッとかわしているのだが、単刀直入に訊かずもっとシャープに切り込んでいけばもっと強く違う表情が引き出せていたのでは?と観ていて幾分か消化不良になる。
それでも山田五十鈴や京マチコ、木暮実千代、進藤英太郎、浦辺粂子、等々溝口作品に欠かせない出演者や新藤と同じくのちに映画監督になった増村保造や大映社長だった永田雅一など溝口が映画監督になる前の日活時代を含め彼を良く知る大勢の関係者の証言など今では大変貴重な映像として記録されている事はとても価値が高く溝口作品のファンならぜひ観ておくべき資料ではないだろうか。

高校時代~映像学校時代も個人的には黒澤明に傾倒していたし、小津安二郎の映画にも親しんでいたのでそれなりな事は知っていたが、溝口健二については純粋に作品についての事以外はあまり知らなかったので、そういう意味ではたいへん興味深かったし勉強になった。
この作品鑑賞後、久しぶりに『雨月物語』『山椒大夫』と鑑賞したが観る度に涙が込み上がってきてしまう。真に日本的な美しさを持った素晴らしい映画だ。

2007年12月27日

映画『赤い鯨と白い蛇』と香川京子さん

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映画『赤い鯨と白い蛇』

香川京子さんの40数年ぶりの主演映画という事で観たが、作品の感想はというと香川さん、樹木希林 、浅田美代子、宮地真緒、坂野真理ら5世代にわたる女性の生き方を香川さん演じる主人公の戦争の記憶を軸にして~というストーリー展開の為、かえってそれぞれの女性の心の葛藤が薄くなり作品を通して伝えたかったテーマの訴求性を弱めてしまっているのが残念。いっその事、香川さん演じる主人公だけをじっくり描いても良かったではないかと思う。バランスよくそれぞれを描こうとするあまり単に淡々とした作品になってしまっている様な気がする。
たぶんこの作品のテーマを「さまざまな世代の人に“フワっと”でいいから感じてもらえればそれで良い」というような監督の控えめな意図が逆にあったのかもしれないけど。

それにしても香川さんは幾つになっても素晴らしい。好きな女優は色々いるけど、やはり最も好きな女優なのは変わらないな。 溝口、黒澤、小津、成瀬、等々、日本映画黄金期の巨匠の名作に数多く出演しているけど、久しぶりに観た溝口の『近松物語』のおさん役なんてホント何度観てもウットリしてしまう美しさだし、『東京物語』での京子役や黒澤の『天国と地獄』『悪い奴ほどよく眠る』で演じた三船敏郎の妻役なんかも決して出演シーンはそれほど多くないけどすごく良い。
個人的には黒澤の『どん底』での山田五十鈴の可哀想な妹役が一番印象的で好きだけど、お年を召してからも凛とした清潔感のある女性というイメージはまったく変わらない稀有な女優さんだ。
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2007年12月 9日

ヘッドライトが絞死刑と大島渚の『絞死刑』

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ああ、やっちまった…あるところで駐輪しておいたら強風で倒れていたので起こそうとしたが、起こすときに横着してガードレールとmetroに括り付けていたチェーンでググッと引張り起こしたら「コキッ!」とイヤな音がするではないか?ふと覗き込むと絡まっていたヘッドライトを支えている首が虚しくブラ~ン、もう完全に絞死刑状態で情けないお姿に…トホホ。 と、いう事でいっその事、ライトを電池式のモノに交換しようかとも思ったのだが、せっかくハブダイナモつけてるワケだから勿体ないと考え直し(電池式は電池交換が頻繁で電池代も馬鹿にならないので)壊したモノと同じライトを取り寄せで付け直した。アンティークな趣のあるヘッドライトのデザインは結構気に入っていたので、付け直した時はやはり嬉しかったが何とも無駄な出費となってしまった。

そう、絞死刑と言えば大島渚の傑作に『絞死刑』という映画があるのだけど、もう大分前に一回観たっきりなのでもう一度ちゃんと観てみたいと思っているのだが、私の通っているツタヤではレンタルされていない。「ん~DVD買えば?」という声も外野から聞えてきそうなのだが…そこまでは…あ~でも観たい。佐藤慶のナレーションが良いんだよなぁ…淡々としてて。

2007年11月18日

『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』

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今年はイザベル・ユペールの作品展があったり、ブレッソンのお台場や国立での写真展、メディアでの盛り上げなどで、いつになくブレッソン熱が高まっていた年だった思う。
ブレッソンは好きな写真家だけど尊敬しているのはキャパ。「ブレッソンを好き」なんて口にするのはナイーブな私には正直赤面モノのだが(好き嫌いで論じるレベルの写真家じゃないので)それでも他に表現する言葉が見つからないので陳腐この上ないが、やはり"好き"と言ってしまう。一昔前に"リドリー・スコット好き"と、のたまうのが流行ったのと同じだ。私も久しく言うのを躊躇っていたが、当のリドリーが落ちぶれてきたので(リドリー・スコットは今でも大活躍なのだが、映像作家としてのピークは越えたという意)天邪鬼な性格上、今は声を大に言っている。

ドキュメンタリー映画である『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』ではブレッソン本人、イザベル・ユペールやアーサー・ミラー等々、ブレッソンと親交のあった人物によるインタビューなどでブレッソンの足跡を辿っているが、ブレッソンの捉える決定的瞬間というものがどのように切り取られるのか大変興味深く語られている。ブレッソンが故人となった今となってはブレッソンという写真家を知る上で肉声はとても貴重なものだ。

キャパはあくまで被写体そのものに関心があったのに比べてブレッソンの関心はあくまでファインダーから見える範囲に限定されている。もっと言えばファインダーと被写体の調和が全てなのだ。この『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』でその事がちゃんと語られているのでこの作品を観ればブレッソンをちゃんと理解する事が出来るし、これまで以上に彼と彼の写真が好きになる事間違いなしだ。


来月からはいよいよ『マグナム・フォト 世界を変える写真家たち』が公開されるし。

2007年11月12日

傑作選映画『拝啓天皇陛下様』

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タイトルからすると"軍国モノ""戦争モノ"映画の類かと思ってしまうだろうが、渥美清主演なので立派な喜劇作品。社会風刺もちゃんと織りこみつつ純朴で愚直な男とそれを取り巻く人間模様を時に温かくユーモラスに描いていて、改めて観直してみるととても良い作品である事が良く分かった。なにしろ以前に観たといっても子供の頃にテレビ放送で観たという記憶があるだけだったし...
主演の渥美清はもちろんだけど、その他出演者の長門裕之も中々上手いし、加藤嘉、桂小金治、中村メイコ等々、持ち味を出していて観ていて心地よい。そして何より印象的だったのは藤山寛美のお芝居だ。決して笑わせようとせず自然なお芝居で渥美清の芝居を受けているのだけどこれが結構グッとくるお芝居なのだ。流石といった感じ。それにしても藤山寛美は見れば見るほど英国の俳優・監督のリチャード・アッテンボローにソックリだな...(苦笑)
兎に角、この映画は渥美清ファンのみならず映画好きなら是非観ておくべき日本映画の傑作のひとつだと思う。


幼少の頃、近くの松竹大船撮影所で何度か「男はつらいよ」撮影中の渥美清や寅さん印のピンクの(確か)トレーラーなどを目撃した事があり、母校の先輩が山田洋次作品で主演を果たしている事もあって山田洋次監督には少なからず親近感を抱いているのだけど、やはり「山田洋次監督の罪は結構深いなぁ...」と改めて思わざる得ない。渥美清の円熟期を"寅さん"だけで終わらせてしまった事が...。それくらい渥美清は偉大な俳優だったという事なんだな。

2007年10月21日

映画『グッド・シェパード』

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ひと頃良く聴いたピアフの伝記的映画、『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』を観るつもりだったが、今の私の気分にエディット・ピアフがマッチしてない事もあり、ロバート・デ・ニーロ監督作品の『グッド・シェパード』の方を観た。

デ・ニーロの演出は思っていたよりはるかに巧みで複雑なプロットを上手くコントロールしている。オーソドックスで抑制の効いた俳優陣の演技、優雅で堂々としていているカメラワークは特に素晴らしい。リズムとテンションを一定に保ちながらスムーズに流れる編集も秀逸。
マット・デイモンはじめアンジェリーナ・ジョリー、ウィリアム・ハート、映画『トランスフォーマー』とは180度違う演技を披露するジョン・タトゥーロ等、出演陣も決して過剰演技にはならずナチュラルな演技できちんと抑揚をつけていて今更ながら上手い。

この作品は、大学時代に軍にスカウトされ第二次大戦時の戦略事務局(OSS)で諜報作戦に従事し、戦後、OSSの延長線上のアメリカ中央情報局(CIA)の創設と冷戦中の諜報作戦に携わり国家に忠誠を尽くした男とその犠牲になった家族との物語で上映時間2時間40分と中々長尺の作品で、けっして『007シリーズ』やマット主演の『ボーン・スプレマシー』のような派手なアクションや見せ場といったシーンは出てこないが、諜報作戦にまつわるエピソードなどは事実かつ徹底的にリアルに描いているので泥臭い話や歴史の裏話が好きな人には、観ごたえある映画だと思う。

2007年9月14日

映画『ディパーテッド』

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もうダメなのだろうか?もうスコセッシの新しい傑作を観る事は我々には出来ないのだろうか...

私より先にこの作品を観た友人から「インファナル・アフェアの方が面白い。」と言われたのでその言葉を確かめる為にDVD鑑賞した。レンタル屋でレンタルする時一応、"観るんじゃなかった保険"として同じスコセッシの傑作である『カジノ』も借りておいた。
並みのハリウッド映画よりはそれなりに面白いと思う。だけどアカデミー作品賞はじめ、部門賞を総なめにする程の作品では到底ない。どうもディカプリオと組み始めてからスコセッシの腕が冴えない。別にディカプリオが悪いというつもりはないけど、ディカプリオの様なハリウッドのスター・システムのど真ん中にいる俳優と組んで傑作をつくる事の限界をまざまざと見せつけられている様な気がしてならない。『ギャング・オブ・ニューヨーク』然り『アビエイター』然り。脚本は結構粗いし、カメラワークにキレがない。テンポは悪くないけど、演技は大した事ない。ジャック・ニコルソンは相変わらずオーバーだし、ディカプリオもマット・デイモンも普通。結構良かったのはマーク・ウォールバーグくらい。なんともお寒い現実だ。


保険として借りておいた『カジノ』を久しぶりに鑑賞したが、何度観ても引き込まれる中々の作品で、『グッドフェローズ』程ではないにしろ、やはり傑作といっていいだろう。それにしてもスコセッシはやはり『グッドフェローズ』でアカデミー賞取っておくべきだったろうな、とつくづく思う。(自分で受賞を決められるワケじゃないから無理な話だけど...)

2007年8月28日

名画座

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めずらしく名画座のシネマジャック&ベティから映画のチラシが三枚投函されていた。
一枚目はリサ・モリモト監督&プロデュースのドキュメント映画『特攻TOKYO』、二枚目はやはりドキュメンタリー作品の『ひめゆり』。個人的には『特攻TOKYO』はちょっと興味がある。そういえば監督が来日して作品が特集されてたのをニュース番組で見たっけな。
そして三枚目は上の画像のドド~ンと『石原裕次郎特集』のチラシ。う~ん、カッコイイねぇ、太陽族。
この前に由比ガ浜などに行ったりしたのもあって少しベクトルが海に向かっている。「葉山にでも引っ込もうかな」なんて冗談まじりに思ったりもする。
『石原裕次郎特集』は8作品を2本立てに分けて上映するらしい。私は裕次郎の映画は半分以上は観ているのだけど、「黒い海峡」「帰らざる波止場」は未鑑賞なので、この二作品はちょっと惹かれる。特に「帰らざる波止場」には志村喬が出演していて石原裕次郎と共演していたなんて今まで知らなかったものだから、なおさら惹かれてしまった。う~んどうしよう。うまく都合付けばよいが…

2007年8月20日

夏の終わりと『オーシャンズ13』

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予てから予定していた『オーシャンズ13』を観た。
んまぁ、傑作を期待するような作品ではないので、ダイ・ハード4.0の時もそうだったけど感想は特に無し。前作の「12」よりちゃんと作っているし、アル・パチーノとエレン・バーキンは改めて言うまでもなく良い。こう暑い日が続くとこれくらいの娯楽作が丁度良い。


その後は友人と夏の終わりに浸るべく鎌倉・江ノ島へ。
それにしても鎌倉は思っていたより人が少なかったとはいえ、いつからあんなガヤガヤとした感じになったのだろうか?と思わずにはいられない。それを言ったら横浜も同じだけど、風情もへったくれもなくウザイ。ちょいとミルクホールでお茶したりしてさらに夕暮れの江ノ島付近まで行き食事。車中、友人の80's中心の選曲をBGMに盛り上がるも私の頭の中はサザンの『さよならのベイビー』がグル~グル~。夏の終わりのサザンの曲と言えば私は「さよならベイビー」しかない。もっと評価されても良い名曲だと思うんだけどなぁ~。

2007年8月 5日

映画トランスフォーマー(ネタバレ注意)

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気晴らしに映画トランスフォーマーを鑑賞。
スピルバーグが製作総指揮をし、私が今最も嫌悪してやまないマイケル・ベイが監督しているのだが、要所要所のツボを心得ていて予想以上に面白い作品だった。(スピルバーグの手腕が大きいのかも)いずれにしても、マイケル・ベイの個性がいかに気にいらなくとも、監督としての才能は認めざるをえないという事か…この手のハリウッドのSF超大作モノというのは、大味なモノと相場は決まっていて、ハリウッドでそこそこキャリアのある監督ならだいたい誰でも無難に作れる製作システムになっている訳だけど、このマイケル・ベイの凄いところは、自分の美意識を手掛ける作品の中にまったく投影させずに娯楽至上主義に徹せられるところだろう。或いはそれこそが彼の美意識なのかもしれないが…まぁ、アーティストタイプではなく、往年のリチャード・ドナーのような職人タイプなのだな。
書くまでもなくストーリーは超B級の勧善懲悪モノだし、登場人物も典型的なステレオキャラのオンパレードだが、意外な出演で驚いたジョン・タトゥーロが作品にリズムを与えているし、キル・ビルのオマージュがあったりマイケル・ベイ作品のセルフ・パロディ的台詞があったりと、思ってた以上に遊んでいて驚いた。ただ、日本人の私には最初は金属生命体と称するロボットが生きている事に違和感を覚えずにはいられないのだけど、絵空事なので黙認範囲。トランスフォームする際のCGなんてかなりのモノで超時空要塞マクロスの実写版を観ているような感じがした。

2007年5月26日

傑作選映画 『ガルシアの首』

ガルシアの首
ちょっと前にテキーラの事を書いたが、テキーラと言えばメキシコ。メキシコと言えば映画「サボテン・ブラザース」。…ではなく「ガルシアの首」だろう。「ガルシアの首」とは72年公開の映画で巨匠サム・ペキンパー監督の言わずと知れた傑作の一本。
あらすじはウィキから引用させて頂く。

メキシコの大富豪、エル・イエフェの愛娘テレサが妊娠した。エルは一向に父親の名前を言おうとしないテレサを拷問にかけ、その口から『アルフレド・ガルシア』という名前を聞き出す。彼は自分の娘を孕ませたガルシアを捕らえた者に、その生死に関わらず100万ドルの賞金を与えると宣言する。しがないピアノ弾きのベニーはどん底の暮らしから抜け出すため、情婦のエリータと共に、既に事故で死んでしまったというガルシアの遺体を求めて彼の故郷へ向かう。途中で凶悪な暴漢に遭遇するなど紆余曲折の末にようやく辿りついた故郷の街。そこの墓地でベニーは彼の遺体を掘り起こし、その首を切り取ろうとする。それも束の間、ベニーは背後から殴られて気絶する。気が付けば、エリータは無残にも殺され、首は何者かに奪われてしまっていた。愛する者を失った悲しみと怒りに打ち震え、ベニーはガルシアの首を奪い返そうと決意する…。

何度観ても理屈抜きに燃えるねぇ、この作品は。主演のウォーレン・オーツの“男の意地”がもうシビれずにはいられない。

2007年5月 3日

映画「バベル (Babel)」 ...ネタバレあるかも

BABEL
このタイトルの"バベル"とは旧約聖書の「創世記」に出てくる名で、天(神)まで届きそうな塔を建てようとした人間の傲慢さが神の怒りに触れてしまい塔は破壊され、人間がこの様に傲慢になったのは人類が殖えすぎた為だと考えた神は(この時はまだ人類は一言語の統一された人類だった)人類を多言語他民族に分裂させるといった試練を人類に与えた。という簡単に言えばそういうお話なのだけど、この映画「バベル」は、まさにそのバベルの塔のお話が背景にあるので、このあたりの知識があるかないかで映画の理解度が全然違ってくる。
アメリカ、メキシコ、東京、モロッコを舞台にほんの些細な行為が予測不能な災難を引き起こしていくのだが、同じ人間でありながら、悲しい程に歯車がかみ合わない人間の愚かさとその愚かさがもたらす結果というものに想いが足らないもどかしさが、演技巧者の出演者達によって見事に表現されていてる。てらった感じが微塵もなく、ドキュメント的な手法を駆使しながら場面場面のテンションを統一しストーリーテーリングさせていく監督の手腕と編集レベルの高さは感動的でアレハンドロ=ゴンサレス・イニャリトゥやはり恐るべし。
アカデミー助演女優賞にノミネートされた菊地凛子は評判通りの存在感で、あれは彼女の演技の素晴らしさを観たというよりは彼女のド根性を魅せつけられたといった感じ。評価された理由が良く分かる。
ちょっとミーハーな感想を付け加えると個人的にファンであるケイト・ブランシェットが存在感では菊地凛子に及ばないものの、実力の高さを存分に発揮していたのが嬉しかった。美しさも演技力も相変わらずピカイチ。

この作品を観たから改めて思うワケではないけど、周辺の人との繋がり方をいま一度立ち止まって見つめ直してみるのも良いかも知れない。それで何かが変わるワケではないけど、今まで見えてなかった他者の横顔が見えてくるかもしれないから。

2007年3月28日

映画「ホリデイ」

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ナンシーメイヤーズ監督は女性を活き活きと描くのが本当に上手い。乙女心と現実感覚との間で揺れ動く女性の内面をさりげなくも綿密に丁寧に表現している。この辺りはさすが女性監督ならではの手腕といったところかもしれない。主演のキャメロン・ディアス、ジャック・ブラックはアメリカ人、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウはイギリス人、ロスとロンドン郊外の田舎を舞台にライフスタイルや人間関係の違いをとてもテンポ良くユニークに描いているが決してコミカル過ぎず上手く話が進んでいく。
ロードショー公開直後なのでネタバレを避けるが、見終わった後、とても爽やかで温かい気持ちになる良い恋愛映画だった。たまには良いねぇ...出てくる人がみんなチャーミングで良い人ばかりの映画も。

映画『ホリデイ』公式サイト

2007年3月 9日

映画「ブロークン・フラワーズ」

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劇場公開の時、うっかり観逃してしまったジム・ジャームッシュ監督の新作。
ストーリーはアマゾンから引用させて頂く。

昔は、多くの女性と恋愛を楽しんだ元プレイボーイのドン・ジョンストンは、中年となった現在も勝手気ままな独身生活を送る。 そんなドンに恋人のシェリーも愛想を尽かし、ドンから出ていった。そこへ、差出人不明の謎のピンクの手紙が届く。便せんには"あなたと別れて20年、あなたの息子はもうすぐ19歳になります"と書かれていた。それを聞いた親友のウィンストンは、お節介にもドンが当時付き合っていた女性たちを訪ねて回る旅を段取りしてしまう。そして、気乗りのしないドンを強引に息子探しの旅へと送り出すのだった。

淡々と元カノジョ達との再会を繰り返し恐る恐る子供の事を聞き出そうとするビル・マーレィから溢れ出る若枯れ感が同じ男としてなんとも切なくて愛おしい。やはりこの感覚は同性だからこそなのだろうか?男は大抵、恋愛を繰り返し別れを重ねても「しくじったりしてない」と思っているものだが、往々にして、それは大きな思い違いか大ミスである事に気付かされる事がある。まさに"愚かなリ我が恋"といったところだ。
この物語は男にとってはちょっとほろ苦いけど、心のどこかでは憧れてるロマンチックな物語だ。こういう意外と厄介でちっぽけな出来事にフワッと夢見るようなところが男にはあるから、現実社会にアジャストするのに疲れた時など独りでヒッソリ観ると一層良い。
結局、何も見付けられないし、何も分からない。この先どうなるかも分からないまま。でもそれこそが男と女の関係だろう。ただ淡々としてるだけ。

ところで、この様な出来事が私自身に起きたら自分ならどうするだろうか?と考えたが...やっぱり私も旅に出てしまうだろうなと思う。

映画のオープニングとエンディングに流れるHolly Golightly & The Greenhornesの「There Is an End」といい、劇中流れたMarvin Gayeの「I Want You」というベタな選曲がメランコリックな心情とマッチしていて相変わらず、さすがのジャームッシュ。ちょっと「ダウン・バイ・ロー」とトム・ウェイツが恋しくなってきた。

2007年3月 2日

偉大な俳優

三船敏郎&鶴田浩二
昨年末から黒澤明の映画作品をゆっくりと観返してきたが、その殆どで主演をしている三船敏郎がつくづく良い。“世界のミフネ”として外国映画にも数多く出演している人だが、必ずといってよい程「黒澤明に気に入られたからこその名声だ」というような事も言われるが、(もちろんその指摘も間違ってはいないが…)それだけではない。いかに黒澤明といえど三船敏郎という金の卵と出会わなかったら今ある黒澤映画とは大分違う展開を余儀なくされていた事だろう。大体が名監督と名優のコンビが誕生するからその作品がレジェンドになるワケで…J・スチュアートだってヒッチコックと多くコンビを組んだし、アル・パチーノとコッポラ、デ・ニーロもスコセッシ、比較的に近年だとルーカス&ハリソン・フォード・コンビも同様だ。
三船敏郎は堂々とした小細工しないオーソドックスな芝居をするので、一本調子に見えてしまいがちだが、表情と身のこなしで完璧な表現をしている事がちゃんと観てればすぐ分かる。もちろん「監督の演出が素晴らしいからこその役者が輝くのだ」と、言われればそれまでだが、その監督の高すぎる期待に応え続けた三船の凄さ。それに三船は身体的にも素晴らしい。有名なエピソードだけど映画「用心棒」での殺陣で彼の振り回す刀のスピードがあまりに速い為に撮影フィルムのコマに剣先が映ってなくてフィルム編集時に困ったという話があるし、「隠し砦の三悪人」劇中で猛スピードで走る裸馬の上で両手を手綱から離し刀を上段の構えで平行しながら騎馬武者と戦うなんてシーンも見事にやってのけている。猛々しいイメージばかりが強調されるが彼の演じ方にはちゃんとユーモアも含まれているし、何よりも台詞のない顔アップだけで画面がもってしまう存在感が無条件に素晴らしい。これほどの俳優を今の時代に見つけることはほぼ無理だし、もう現れないだろう。この間お亡くなりになってしまった丹波哲郎氏もそうだが、本当に個性的で独特の味がある俳優が少ない日本になってしまったなぁ~と改めて残念に思う今日この頃。

2007年2月16日

映画「バブルへGO!!~タイムマシンはドラム式~」

先週末にバブルへGO!!~タイムマシンはドラム式~なんぞ鑑賞。

私もあの気恥ずかしい時代にもう一度戻ってみたい。とにかくハッピーで拝金主義バンザ~イ!狂気の沙汰だったけど一番多感な時期を過ごした者としては二度と経験する事が出来ない色々な意味でノスタルジックな時代だ。今は考えられないくらいに治安も良かった。決して居心地の良い時代ではなかったが、否定するほど悪い時代でもなかった。まぁ経済大国が一度は必ず通る通過儀礼みたいな時代だ。
80、90年代ライフスタイルを牽引したホイチョイ・プロとギラギラした眼差しの阿部寛の組合わせがなんともバブリーで観ているだけでバカバカしくクダラナイが面白い。でも意外とキッチリ現在の日本の現状を皮肉ってたりと真面目だったりもするんだけど。

あ~久しぶりにおバカ映画で気分転換。

2007年1月13日

田草川 弘著『黒澤明VSハリウッド』

黒澤明VSハリウッド
1970年公開の映画で「トラ・トラ・トラ!」という映画がある。この映画は真珠湾攻撃を日米双方から描いた作品で、日本側パートを黒澤明が監督するハズだった(B班監督は佐藤純彌)のだが、企画段階から製作の20世紀フォックスと黒澤明の度重なるトラブルと、撮影中の奇行、現場スタッフとの不和により、クランク・インから10日あまりで黒澤明は突然の監督解任となってしまう。映画は結局、後任に舛田利雄とB班監督に深作欽二を起用し完成。フォックス側は解任理由に「黒澤明の病気により撮影続行不可能と判断」と降板理由を発表したが、黒澤サイドは「事実無根」と意見が真っ向から対立し、この問題は黒澤プロダクションの内部対立にまで発展してしまった。
この本は映画の企画から黒澤明監督起用の経緯から黒澤明が降板に至るまでの真実を、当時の関係者の証言と黒澤明の発言、フォックスに今も保管されている膨大なメモや契約書を詳細に取材して当時の日本映画界とハリウッドの映画製作システムの違いや契約の誤認などについて書かれている。他にも黒澤が練っていたアイデアや数シーンのシナリオが披露してあり、「予定通り黒澤が撮り終えていれば...」と思わずにはいられない。(公開された「トラ・トラ・トラ!」ではこの黒澤のアイデアは殆どスポイルされてしまっている)中々読み応えのあるノン・フィクション本なので、興味のある方は是非。

2006年12月28日

映画「インサイド・マン」

インサイド・マン
スパイク・リーとデンゼル・ワシントンが久しぶりにタッグを組んだクライム・ムービー。
正直、こういった作品は期待を過度に抱くと、だいたい尻つぼみな結末にガッカリさせられるのもだが、この作品はそんな事がなく、最初から最後まで一定の緊張感を維持しつつ一気に見せていく。映像もニューヨークらしさ全開のスタイリッシュで無駄がない私好みの映像。「誰が監督してるんだ?スパイク・リーだぞ」とツッコミを受けそうだが、まったくその通り。さすがスパイク・リーだ、知り尽くしている。
キャスティングもニクくて、強盗主犯格で完全犯罪を企てるクライブ・オーエンや久しぶりに脇役で上昇志向の強い女弁護士役のジョディ・フォスター、強盗に入られる銀行の会長役のクリストファー・プラマー、警官隊隊長のウィレム・デフォー等々…クセモノ役者揃いで演技に迫力とアクセントがあり、退屈しないし、端役の俳優陣もみんな個性的で上手い。
劇中、デンゼル・ワシントンが相棒役のキウェテル・イジョフォーと警察署の廊下を歩くシーンでキャメラが颯爽と歩くデンゼル・ワシントンを真正面から捉えているカットがあるのだが、ソフト帽を被りながら長い手足をフリフリ肩で風切って歩いている姿なんてもう、『マルコムX』でセルフパロディなショットが最高。
ジョディ・フォスターは傲慢な女をとても楽しそうに演じていたが、私はやはりこういう“濃い役”の方がジョディ・フォスターは魅力的だと思う、利口で鼻持ちならない役はピカイチ。
話の展開も強盗と警察側の化かし合いトリックも効果的だし、ストーリーの伏線の張り方も素晴らしいし、良く出来た娯楽作品だ。

インサイド・マン公式サイト

2006年12月18日

映画「007 カジノ・ロワイヤル」

カジノロワイヤル
ピアース・ブロスナンからダニエル・クレイグに変わって最初の007。しかも長く映画版権を取得できずにいた「カジノロワイヤル」をとうとう本家が映画化したという事で鑑賞。もちろんデビッド・ニーブン&ピーター・セラーズの映画「カジノロワイヤル」もかなり好きだけどね。
「007 ゴールデン・アイ」でメガホンを取ったマーティン・キャンベルが今回再登板となっているが、かなり大胆な作風にチャレンジしており従来の007映画のイメージを払拭している。例えばフラッシュバック映像にモノクロで粗い画像処理とか撮影スピードを変えてみたりとか、トリッキーな秘密兵器に頼らないところ等々(まぁ、新米007だから当たり前なんだけど)すごく気を使ったカメラワークにプロダクション・デザイン。テイストはかなりショーン・コネリー・ボンドに立ち戻った感じがして良い。オチャラケた感じはなくハードな雰囲気に徹していてもたついたところもなくて結構上映時間が長いのだが、飽きずにうまく見せていく。マーティン・キャンベルの監督作「007ゴールデン・アイ」はまったく好きじゃなかっただけに、これは嬉しい誤算だ。脚本、演出、俳優とこれほどの出来はショーン・コネリーのシリーズ以降ではベストではないだろうか。ただ、ダニエル・クレイグがボンドに見えるか?という問題はやはり解消されなかったけど...まぁ、これも慣れかな。ピアース・ブロスナンがティモシー・ダルトンからバトンタッチしたと聞いてもしばらくはレミントン・スティールのイメージから離られなかったし。
007シリーズ作としても娯楽アクション作としても久々に満足度の高い作品。

劇場で鑑賞中、友人と観ていた私の隣に座っていた外国人女性が結構スリリングなシーンで一人"ビクッ!"としたと思ったら、ふと我に返って気恥ずかしそうにこっちの向いたのがなんとも可笑しかったな。

2006年12月12日

映画「硫黄島からの手紙」

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太平洋戦争末期、本土防衛の最終ライン「硫黄島」での戦闘を日本側の視点で描いたアメリカ映画。
こういう映画の感想は難しい。「良かったよ」と安易に答えられるような類の話ではないし、不用意に「つまらない」なんて言おうものならまるで人間性の欠片もない人の様な誤解をされかねない。なのでストーリーやテーマなどはこれから劇場に足を運ぶ人それぞれの受け止め方にお任せして、映画作品としてどうだったかを少し書く。

観た直後の率直な感想は複雑なもので、戦争の悲惨さと愚かさ、そして戦争に勝者も敗者も無く、無残なだけ。という、とかく人は忘れがちだが当たり前の思いが画面から充分伝わってくる。だけども、戦闘シーン~人間模様~フラッシュバック、戦闘シーン~人間模様~フラッシュバック~という単調なパターンの繰り返しと多用されるテーマ曲がややしつこくて観てる側に悲劇を押し売りしている様に感じさせられて返って感情移入しにくくなる。それに実話をテーマにした作品作りにおいて当たり前の事なのだが、物語を際立たせる為の脚色部分に違和感を感じてしまう箇所も幾つか有り、この辺りも私には辛かったし、ほぼ1ヵ月間に渡る死闘も時間経過が分かりにくく栗林中将の苦心も印象が弱い。ただ、だからと言ってこの映画が作品としてダメかというとそういう事はなく、監督の描きたかった事やテーマはちゃんと伝わってくる。おそらく相当なリサーチと膨大な資料を検証したのであろう。その丁寧な作り方はさすがだ。そもそもハリウッドでオール日本人キャストで全編日本語の映画を作ったというだけでも歴史的快挙だし、字幕が苦手で外国映画を殆ど観ないアメリカ人をメインターゲットにした映画としては本当にスゴイ賭けだと思う。決してパーフェクトではないけど観る価値は充分ある作品。
出演者も好演していて、二ノ宮和也は素直な芝居で存在感を醸し出していたし、渡辺謙は相変わらずスムーズな演技と体の使い方が美しい。でも一番印象的だったのは抑えた芝居をしていた裕木奈江。健気さと悲しさが上手く表現していたと思う。

この作品の感想や批評で「この作品は我々日本人が作るべき映画だった。」というような事が言われる。私もそう思わないでもないが、それは無理な事だろうとの思いの方が強い。我々、日本人はとかく「日本の事は日本人が一番良く理解している、外国人とりわけ西洋人などにこの奥深い日本文化を真に理解出きる訳ない」と心のどこかで思っている。それはある意味正しい。日本に限らず、異文化を理解する事は簡単ではないだろう。我々だって、自分達が思っているほどアメリカやヨーロッパを理解など出来てない。だけど、この国はいつだって我々日本人が忘れている視点、埋没している諸問題について外国からの鋭い指摘や批評によって事の重要性を気付かされてきたのだ。だから、この映画は日本が作るべき映画だったと思う反面、我々には作れなかっただろうと思わざるを得ない。戦艦大和を題材にした映画は戦後に何度も製作出来たワケだから、この硫黄島を題材にした企画だって何度となく製作チャンスはあったはずなのだからね。

2006年12月10日

キューバ映画祭2006と表参道イルミネーション

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渋谷ユーロスペースで行われているキューバ映画祭2006へ。
『天国の晩餐』『ハローヘミングウェイ』等々観たい作品が色々あったが、モロモロの都合で『ルシア』という作品を鑑賞。ストーリーはオフィシャルサイトから引用させて戴く。
「-スペインからの独立で揺れる1895年、愛しい人に裏切られてしまうルシア。アメリカの支配が強まる1932年、恋人と革命運動に身を投じるルシア。キューバ革命後の1960年、農村で夫と懸命に働くルシア。3つの激動の時代に生きたルシアという3人の女性の愛と挫折、そして新しい人生への旅立ちをそれぞれに綴ったオムニバス巨編-」
感想を書きたいところだが、この気持ちはなんとなく心にしまっておきたいと思わせる作品だったので、あえて書くのはよそうと思う。何故だか分からないのだけど、宝物を見つけ自然と笑みがこぼれてきてしまう嬉しい気持ちと窘められた時の気持ちとがゴッチャな感じ。こういうゴチャゴチャした多感情が湧いてくる作品と言うのは理屈じゃなく良い映画だって事だ。
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復活したイルミネーションを観るため足を伸ばし表参道へ。
アカリウムと名打った表参道イルミネーションは「明治神宮に奉納」をイメージしてデザインされた「行灯」がすごくモダンで、ともすると表参道ヒルズのオープン以来、ギラギラ感を増していた表参道の街並みにいくらか品が取り戻せた感じ。コンセプトやライティングデザインは結構好きだし安藤忠雄氏のヒルズ設計コンセプトを含めトータルデザインをかなり意識している様に見受けられて心地よい。ただ、クリスマスのイルミネーションとして考えると些か質素な印象で「奉納」の厳かさが返って暖かみといった雰囲気を希薄な印象にさせてしまっているのが、ちょっと残念だけど。

2006年11月16日

傑作選映画『日本のいちばん長い日』

日本のいちばん長い日
最近、古めの映画ばかり観返してるが、たまには邦画もと思い手に取ったのは大宅壮一原作、岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」。
この映画は私の邦画生涯ベスト10に入る作品で、東宝創設35周年記念で製作された作品。
大東亜戦争末期、ポツダム宣言の受諾で揺れる日本政府と“国体の護持”を盾に本土決戦で活路を見出そうとする陸軍若手将校らのクーデター騒ぎ、いわゆる「8・15事件」を描いている。
高齢にも関わらず、終戦処理の為に担ぎ出された鈴木貫太郎首相(笠智衆)や若手将校達の突き上げを受け敗軍の将として重圧に苦しむ米内海相(山村聡)阿南陸相(三船敏郎)など当時の日本中枢部の抜き差しならない状況が迫力満点。黒澤映画に欠かせない橋本忍が脚本を担当しているので人物模写と論理構成がしっかりしていて力強いし、岡本喜八監督の独特のテンポと演出が冴えてる。
特にクーデターを画策する若手将校役の黒沢年男や高橋悦史、中丸忠雄らの演技はなかなかだし、加山雄三、志村喬、小林桂樹等々当時の黒澤組、岡本組の常連スター総出演で本当に超豪華。

戦前・戦後のターニングポイントといってもいい出来事のワリにはあまり知られていない歴史だと思うので、こういう事を経て今の平和が築かれているのだという事を知っていてもよいのでないかと思う。

2006年11月 9日

傑作選映画『二十四時間の情事』

二十四時間の情事
この映画はアラン・レネの長編デビュー作でエマニュエル・リヴァと岡田英次主演の戦後の広島を舞台にした男と女の物語。

戦時中に遭ったつらい過去を引きずりながら生きている男女の24時間のお話で、故郷での心の傷を癒せぬまま生きてきて、反戦映画の撮影の為に広島を訪れていたエマニュエル・リヴァ演じるフランス人女性と、その女性の心の傷に強風を吹きかける岡田英次演じる日本人男性との激しくもつらい恋。二人には二十四時間しか与えられない。

彼女はいわば“過去”で彼は“未来”なのだ。それを交差させて生まれる葛藤は、実は戦争の記憶が薄れつつある現代に対するアンチテーゼで、その事が「何故この映画の舞台が広島なのか?」ということを明確にしている。漠然としか観てなかった十数年前には読み取ることが出来なかったが、今回観直した事でようやく理解する事が出来た気がした。
映画はしょせん光と影でしかないが、その光と影が普段何気なく生きている我々の見落としている視点を浮き彫りにさせてくれる。

2006年11月 4日

傑作選映画『未知への飛行』

06.11.04.jpg東西冷戦を痛烈に皮肉った映画で私がモーレツに好きな映画が2本ある。1本はS・キューブリックの「博士の異常な愛情 -または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか-」ともう1本はC・ルメットの「未知への飛行」だ。
先日、久しぶりに「未知への飛行」を観たのだが、ヘンリー・フォンダ扮するアメリカ大統領が最後にする決断と命令に対して改めて考えさせられてしまった。(この作品に興味を持った人の為にここではあえてその“決断”とはどういうものか書かない)ヘンリーフォンダはとても真摯な対応を取るのだが、その真摯さというのは国益を守る最高指導者としての真摯さではなく、ヒューマニズムを優先させたという意味だ。これは悲しい事だが、政治的判断と道義的判断は相反するのだ。(劇中の道義的判断というのも本当は道徳に反してしまっているのだが…)考えれば考えるほどパラドックスに陥ってしまう…。
もっとも、この映画はそういった事を訴えてる映画ではなく核戦争に勝者はいないという事なのだけど…
今観ても素晴らしいポリティカル・サスペンスの傑作だ。


余談だが、本当は今一番観直したい作品はバート・ランカスターとカーク・ダグラスの「5月の7日間」という作品なのだけど、調べたらDVD化されてないし、レンタルビデオショップにも置いてない。

2006年10月21日

映画「16ブロック」

16blocks
ブルース・ウィリスの映画を劇場で観るのは何年振りだろうか?おそらく「12モンキーズ」以来か…
日本の女性にはあまり人気の無いスターだが、荒んでうだつの上がらないちょいキザな中年男を演じさせたら中々の俳優だ。ま、それはそうと、この「16ブロック」は久しぶりにハードボイルドタッチな刑事モノで新鮮だった。アクションシーンはあるが、「ダイ・ハード」みたいに派手じゃないし、リアルに展開していくストーリーも結構引き込まれる。正直、期待以上に良かった。
誰が監督しているのかと気になってみると、なんと御大リチャード・ドナーと知ってビックリ。もうリタイアしたかと思ってただけに相変わらずの手堅い演出とパワフルな映像が健在だったのは嬉しい限り。バスジャックのシーンなんてもうクリント・イーストウッドの「ガントレット」を彷彿とさせる映像でちょっと興奮。いわゆるヒーローモノではなくヒューマニズム溢れる娯楽作として久しぶりにバランスの取れたハリウッド映画を観たような気がする。舞台がNYなのも手伝ってるかな。

2006年10月15日

映画「カポーティ」

capote
映画「カポーティ」を鑑賞した。
「ティファニーで朝食を」の原作などで有名な小説家トルーマン・カポーティが、実際に起きた殺人事件を題材に執筆したノンフィクション小説「冷血」を取材から書き上げるまでの出来事と彼の苦悩を描いた作品。
隙がなく、とても抑制の効いた演出とカポーティ役を完璧に演じきっているフィリップ・シーモア・ホフマンの鳥肌モノの演技が圧巻で、偽善的でとても利己的なカポーティの売れっ子作家のしたたかさと優しさが見事に交差し巧みに表現されていている。 ホフマンの演技を観るだけでもチケット代を払う価値は充分ある。
監督のベネット・ミラーが「この映画はトルーマン・カポーティの物語というだけではなくアメリカの悲劇でもある。欲しいモノを得る為に破滅していく事にも気が付かない」と語っていたが日本にも当てはまると思う。素晴らしい映画だ。