2011年10月 6日
なんだ?このコピー

社用で久しぶりに北仲通の横浜第二合同庁舎に向かう途中、目が釘付けになってしまった看板。
これ誰に向けて言ってるワケ??
そんなに廃人がウロウロしているのかこの辺りは(笑)
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2011年10月 6日

社用で久しぶりに北仲通の横浜第二合同庁舎に向かう途中、目が釘付けになってしまった看板。
これ誰に向けて言ってるワケ??
そんなに廃人がウロウロしているのかこの辺りは(笑)
2011年7月 6日

今年の紫陽花ももう終わってしまうという事で久しぶりに鎌倉の成就院と長谷寺へ。
時間も早く日が高くなりつつあったので逆光に悩まされる事はなかったものの眩しすぎてイマイチな写真ばかりになったのが不覚。



2011年6月10日

戦前には小津安二郎も通い、「おいしゅうございます」でお馴染みの料理記者岸朝子氏も通う中華街きっての老舗「安楽園」が残念ながら88年の歴史に幕を閉じてしまった。
今はあまりに観光地然としてサービス側も客質もやや低下している残念な印象が拭えない中華街にあって、数少ない良質な味とレトロな趣の老舗が不景気のあおりで姿を消すのは本当に残念でならない。私が通うようになってそんなに月日が経っている訳ではないが、小さい頃から見慣れた中華建築風のお店が取り壊され、まったく違う姿になるのかと思うと悲しいとしか言いようがない。
ゴールデンウィーク中に行なわれた獅子舞イベントをお店で観たのが最後となってしまい、5月末の閉店時に伺えなかったのがとても悔やまれるが、ご主人の「いずれまた小さなお店を出せたら"安楽園"の屋号を残したい」という言葉を信じて待つ事にしよう。
2011年6月 6日

レッドブルのマシンでショーランを担当するドライバーのセバスチャン・ブエミ。
レッドブル・レーシングが日本の公道を初めて走行するイベントを元町で行うというので見物してきた。
本来はこの手のイベントには、元々、F-1GP開催において"市街地サーキット"としての利用も想定されていたみなとみらい21地区で行われるのが適切だと思うが、まぁ中華街の目と鼻の先でもあり、われわれのような地元民にとってMM21地区よりもよっぽど思い入れの強い元町商店街でショーランしてくれるだけでなんか嬉しい。

セバスチャン・ブエミに続いて林文子横浜市長のパレード。

今か今かとイベント開催を待つギャラリー。

ワンチャンスで辛うじてマシン全体をおさめたショット。
あんな道幅の狭い元町に1万人以上の見物客が集まってきた為に、当初予定の2回走行が1回だけになってしまったりとかイベントもろもろの物足りなさはあるものの、マシンとの距離、わずか2、3メートルのところであのエグゾーストノートを体感出来た事に満足満足。
2011年4月11日

震災が起きた数日前に頭痛に悩まされた。
薬を飲んでも一時的に痛みが弱まるだけで薬がきれてくると痛みが復活。一晩寝ても朝起きるとやっぱり痛い。元々、頭痛持ちのけがあるので、頭痛には馴れているが、何日も続く事はない。
そのうち耳が飛行機に乗った時に起こる気圧の変化のような違和感が起こった。
その直後にあの地震が起こり、気が付くと頭痛はピタっと止んでいた。
それ以来、大きめの余震が来る日は必ず頭痛の様な違和感を感じる。
地震と頭痛のまさかの"因果関係"なんて無いと思っているが、それでも1パーセントくらいは疑っている。
今日はあの日以来、起きてなかった耳の違和感も起きたので絶対に大きめの余震が来ると思っていたが案の定きた。しかも、しつこく揺れた。
余震が収まるまでず〜っと続くのだろうか...
2011年3月 5日

本郷台の神奈川県立地球市民かながわプラザで開催中の『写真展 The Archives of the Planet 100年前の世界へ~アルベール・カーン平和への願い~』に行った。
〔写真展概要〕
およそ100年前、世界を移動する手段も未発達だった時代に、カーンは平和を築くために世界60カ国にカメラマンを派遣し、各地の日常のくらしや風俗、自然そして建物などを記録させた。
今回行われる『写真展 The Archives of the Planet 100年前の世界へ~アルベール・カーン 平和への願い』は、アルベール・カーンが世界平和と友好の思いから、数十年かけてつくりあげた「地球史料館~The Archives of the Planet ~」というアーカイブ72,000点の中から構成。
カーンの生きた時代、そして、現在では失われつつある民族性豊かな世界のくらし、独特の民族衣装、日常を生きる人々の姿、戦時の様子、街や自然の風景を捉えた天然色写真(オートクローム)約150点とシネマトグラフ(動画)を展示する。
今写真展の展示写真は大体は、NHK出版から発売されている「アルベール・カーン コレクション」掲載の写真が殆どだけど、日本の写真では初めて観る写真が多数あったので観に来て良かった。三渓園の写真なんかもあったし...それにパネルにしてあるから写真集より大きい状態でよく観れたしね。
アルベール・カーンの事は以前BSでも10回シリーズで放送してたりしたので知っている人もそれなりにいると思うけど、カーンは明治の元勲、大隈重信や大実業家の渋沢栄一、北白川宮殿下夫妻など多数の日本人とも交流を持ち、カメラマンを日本にも派遣して大正天皇の大喪の礼の様子、東京、横浜、京都、奈良の街並と伝統建築、それ以外にも農村の景色や人々を数多くオートクローム撮影で写真を残している。個人的に今までこれほど感動した写真は観た事がないし、今後もこれほど衝撃的な写真にも出会う事はないだろう、と言い切れるくらいカーンのコレクションは貴重で素晴らしいし、心揺さぶられる。
もっともっと知られてよい人物だと思うのだがね。

(クラダ、アイルランド)1913年5月25日
アイルランドの民族衣装を着た14歳の少女、ミアン・ケリー。
ケリーは地元の人がアイルランド娘の完璧な見本と太鼓判を推す程の評判の女性で、1973年に75歳で人生の幕を閉じた。

(ヴェローナ、イタリア)1918年5月16日
サン・ゼーノ・デ・マッジョーレ教会の地下納骨所。
少女の佇まいと微光が素晴らしい。

(ロンドン、イギリス)1919年7月19日
ロンドンでも第一次世界大戦戦勝祝賀パレード。
パレードを見物する為に多数の見物客がテントを張って徹夜したらしい。

これは私の所有するアルベール・カーン コレクション。
カーンのコレクションは未だ現像されていないフィルムを含め72000枚以上のコレクションがあるワケだけど、アルベール・カーン美術館には、今後も定期的に写真展の企画や写真集の出版をしていってもらいたいと強く希望したい。
2011年2月13日

雪の降る中、神奈川県立金沢文庫80年 特別展『運 慶 −中世密教と鎌倉幕府−』を観てきた。
展示会は先月下旬から始まっていたので、もっと早く行きたかったのだが、今回初めて揃う三体の大日如来のうちの東京・真如苑所蔵の大日如来坐像の展示開始時期が遅れていたので、三体揃うのを待っていたのだ。
この東京・真如苑所蔵の大日如来は、幾度か報道されたので記憶にも新しく、(最初の報道は「限りなく運慶作に近い仏像」というネタ。次は「海外オークション出品で海外流出の可能性あり!」というネタ。)NYのクリスティーズでオークションに掛けられが、東京・真如苑が三越百貨店を入札代理人として十数億という落札金額で落札し、なんとか海外流出を免れたという運慶作の可能性が極めて高いとされる仏像。そして、今、現在は落札以前と同様に東京国立博物館に寄託されているので今回の『運慶展』のような特別展などで、たびたび、私達一般人の目に触れる機会もあるというワケだ、しばらくの間は。
まぁ、聞くところによると、所有者の東京・真如苑はいずれは「大日如来坐像の安置施設を」と考えているらしいが...
それに真如苑の大日如来坐像以外にも、県立金沢文庫がある称名寺光明院所蔵の運慶最晩年の作とされる「大威徳明王像」も、この機会にぜひ観てみたかったし、デビュー作とも言われている奈良・円成寺所蔵「大日如来坐像」と揃って拝む事が出来てホントにラッキーだった。運慶作の特徴でもある、膨よかなお顔、表現力が高く、破綻の無い造形設計はいくら眺めていても飽きる事の無い穏やかさと、神々しさを兼ね備えていて、仏教徒ならずも引き込まれてしまう。

画像では分かりにくいが雪の降る称名寺。
称名寺は鎌倉幕府の北条一族、金沢北条氏の菩提寺で金沢文庫は日本最古の文庫としても有名。

我が家の大日如来さま。もちろん開眼してないので単なるフィギュア。
2010年12月19日

京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の『生誕百年 映画監督 黒澤明』のトーク・イベント「スターが語る黒澤明」に行ってきた。
トークイベントには香川京子氏、加藤武氏、仲代達矢氏、司会にノンちゃん事、野上照代氏というなんとも豪華な顔触れでフィルセンの生誕百年 黒澤明イベントでなければなかなか実現しそうにない組み合わせ。
今年各地で行なわれた生誕百年黒澤明イベントの締めくくり的であるし、仲代、加藤両氏揃ってという珍しい組み合わせや、久しぶりに拝見する野上氏のトーク進行ぶりも楽しみではあったが、個人的には、半ば追っかけファンと化しつつある香川京子氏の今年の見納めをしようという意味合いも強く、いそいそと出掛けたのだが、当初の到着予定よりも30分押しでフィルセンについてみると、いつもにもましての行列...幸いな事になんとか入場する事が出来たのだが、並んでいたのに入場出来なかった人があまりに多かったからか、ロビーにもパイプ椅子を出して場内撮影をモニタースクリーンで対応していたのには驚いた。まぁ、せっかく並んだんだしね。
トークの雰囲気は、饒舌な仲代氏、要所要所で場を盛り上げる加藤氏、誠実な話しぶりの香川氏、トークイベント前に上映した「天国と地獄」での撮影エピソード、それぞれ黒澤組初参加の思い出や等々、最後は質疑応答も有りで二時間の大満足なトークイベントだった。


イベント終了後、展示室の企画展を見ようと7階まで上がろうとすると、係員に1階ロビーまで降りてから改めてエレベーターに乗ってくれといわれたので、1階正面ロビーでとりあえずひと休みしていたらイベントを終え、帰ろうとする加藤氏、続いて香川氏がロビーに現れたので、即席サイン&撮影会になったところをパチリ。少し経って仲代氏も出てきたが、仲代氏はタクシーではなく、おそらく専用車だったからか、裏の方へスーッと行ってしまったので、撮る事は出来なかった、残念。
2010年12月 6日

久しぶりに北鎌倉に紅葉散策で円覚寺と建長寺へ。
「円覚寺」
「建長寺」
円覚寺、建長寺共に久しぶりだったけど、天気が良く、過ごし易い気候だったので紅葉の散策には最高。建長寺は半僧坊の富士見台から夕暮れの富士山もバッチリだったし。
2010年12月 5日

鎌倉市川喜多映画記念館で開催中の「鎌倉の映画人・小津安二郎監督の世界」展を観る。
本当は企画展と連動して行なわれた連続講座で平野共余子氏の講座は聴講したかったのだが、スケジュールが合わずに参加出来なかったので、特別展に行くのもだいぶ遅くなってしまった。『小早川家の秋』上映時に行なわれた司葉子さんのトークイベントに行っても良かったんだけど...まぁ、だいたいどんなトーク内容になるか想像ついていたのでスルーしてしまった。
展示では、小津自筆の書き込み台本やスチル写真、小津直筆の色紙、『彼岸花』の山本富士子が着ていた、染織家・浦野理一による繊細な絵柄や、海外で制作されたという小津作品のポスターが複数展示してあった。上映室では鎌倉市が以前制作した『シリーズ ー私と鎌倉ー俳優 笠智衆 』を上映してた。

墓石に刻まれた一文字「無」で有名な小津安二郎の眠る円覚寺境内のお墓にお墓参り。
来週は小津監督の命日とあってお花やダイヤ菊などの日本酒が供えられており、綺麗にされていた。

通りかかった八幡宮で偶然、舞殿挙式を行なっているところに出会したので、ちょいパチリ。
外国人観光客やその他大勢の人に見られての挙式はさすがに少し気恥ずかしかったのではないだろうか。
2010年11月21日

OPEN! HERITAGE IN 山手-歴史的建造物一般公開-に今年も参加。
今年は山手の洋館を中心に、通常は一般公開していない部分や建物も公開されるという事で個人的には見慣れている部分はササッと流しながら特別公開部分を中心に見学。
「旧内田家住宅(外交官の家)」
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JR石川町駅ホームから見える姿がお気に入りの「外交官の家」。設計はJ・M・ガーディナーでアメリカン・ヴィクトリアン様式の洋館。
「フェリス女学院大学10号館」
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フランク・ロイド・ライトの助手として来日したアントニン・レーモンドの設計による初期モダニズム建築。
「山手111番館(旧ラフォン邸)」
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J・H・モーガン設計によるいわゆるスパニッシュ・スタイルの外観。このあたりはやはりモーガン設計による、私の好きなベーリック・ホールとの共通性が高いのが特徴。
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ヤバ〜い、読まなきゃいけない本が溜まってきた...まぁ、好きで読んでるんだからぼやいてもしょうがないのだが...少しずつでも消化していかないと雪だるま状態がますます(苦笑)
2010年10月10日
今日はなんとか雨がやんだので、またまたワールドフェスタへ。
連休なか日で午後には気温もグングン上昇、天気も良くなったので人出も昨日とは比較にならない混雑ぶりだった。その上、中華街もちょうど雙十節でお祭りなので山下町周辺は本当に人でいっぱい。

「チリ民族舞踊(イースター島の踊り)」


右上の画像はまるでカプチーノか何かコーヒー系の飲み物のように写ってしまったが、実はビール。
ちょうど今、赤レンガで世界最大のビール祭り、ミュンヘンの「オクトーバーフェスト2010」が開催されているが、そのオクトーバーフェストからこちらのワールドフェスタにも出店しており、これはドゥンケル(黒)。クリーミーでコクがありながらも飲み易くヤバい。
そして左上の画像はヨルダンのお店からスパイシーケバブサンドウィッチ。
スパイシーといいつつもさほど辛くはないが、とにかくビールのお供にサイコーな一品。
実は昨日は見逃したステージプログラムなどをムービーと静止画撮影し撮ってきたデータをmacに取り込む過程で、自分のミスから消失させてしまい、今回は動画アップできず...静止画は幸いにもケータイで撮影したのがあったので何とか格好だけは付けられたけど。
いつもと違う手順をとるとダメだね、やっぱり...。
2010年10月 9日

山下公園で開催されている恒例のワールドフェスタ・ヨコハマに行ってきた。

今年の食のテーマは「世界の麺・パスタフェア」という事でベトナムのフォーやスーダンのクスクフ、韓国の豚キムチラーメンなが食べられるし、もちろん麺以外も豊富でドイツやフランス、ブラジル等々、多くの国の食べ物や民芸品もあり、観て歩くだけも充分楽しい。ただ、今年はあいにくの雨で客足もやや寂しいし、パフォーマンス・ショーも変更があったりして残念。

「パエリア&イカ墨のパスタパエリア」

「ロシア少年少女合唱団」


「瀋波雑技団」
登場した雑技団の女の子のキュートさと身体の柔らかさはなかなか。
ラ・トゥナのステージを一部ムービー撮影したので公開。
演目は「Y viva Espana」
2010年9月26日

この間、初めてロイヤルウイングに乗った。
1時間半のちょっとしたクルージング。晴れてりゃ、なお良かったけど、やはり船の上はサイコーだね。

2010年8月22日

横浜美術館アートギャラリーで開催中のポラロイド写真展「126 POLAROID ーさよならからの出会いー」を観た。
本展は2008年に製造・販売中止となった「ポラロイド」というメディアを再考するプロジェクトを発足した多摩美の作品を中心とした写真展で、今写真展は荒木経惟、森山大道、杉本博司など写真家、美術家、研究者、学生等の作品とあわせて横浜美術館所蔵の大判ポラロイド写真を展示していた。
学生達の作品は被写体の選び方やアイデアがポラロイド写真の持っているチープな魅力とマッチしててなかなか面白かった。
上の作品はマウリッツオ・ガリンベルティ撮影のレディー・ガガをモデルとしたポラロイドモザイク作品。

展示会を観終わった後、美術館正面フロアで涼んでいると、な、な、なんと全長180センチメートル以上はあると思われる巨大カラスに睨まれてかなり焦った...
と、いうのはジョークで、実は吉村益信の1969年の「大カラス」という作品オブジェだった。
2010年6月21日
鎌倉市川喜多映画記念館でヴィム・ヴェンダースの88年の作品「東京画」を観た。

「東京画」はヴェンダースによる小津安二郎オマージュ映画と言うべき作品だが、この作品を観たのは、もちろんリアルタイムではなかったが、それでもだいぶ昔の事だったし、ヴェンダースは好きだけど、この時分は小津安二郎にも小津作品にもほぼ興味が無く、後学の為に一応は数本観ていただけ、という程度だったので殆ど内容的にも忘れてしまっていたので、もう一度、改めて観直したいと思っていた。
久しぶりに鑑賞してみると、小津に対する畏敬の念と純粋な好奇心のままに、技工も何もなく、ただひたすらキャメラで小津の幻影を追っかけているだけの映画青年の初々しさは、観ているこっちが気恥ずかしいくらいだ。

この「東京画」には笠智衆のインタビュー・シーンがあり、このインタビューを行った場所は旧川喜多邸別邸の縁側で、今回の「東京画」上映に合わせて鎌倉市は特別に普段は閉めきっている戸を、その時の雰囲気を感じられるように、開ける許可をしてくれた、との事だった。
う〜ん...草木が茂っていて微妙...だけど、そういう計らいは悪くないね。
ところで、小津安二郎の国内外での再発見、再評価に関して、蓮實重彦の功績は大ではあるけども、そのあまりに戦略・戦術的に巧妙かつ煽動的で、小津を持ち上げる為に黒澤を引き合いに出すのか、黒澤の評価を貶めたい為に小津を賞賛するのか、イマイチ判然としない。まぁ、殆ど違いなどないのだろうが...そもそも小津評価と黒澤評価は相反するものでは無いのに、時としてシネフィルを混乱に巻き込み、多くの劣化フォロワーを生み出して無意味な対立構造を作り出した罪も大きい。
少なくとも小津も黒澤も古典化している21世紀では、もはや対立的構造そのものの見直しが必要であり、氏もさすがに昨今は焼きが回ってきたのか、「私は、決して黒澤作品は嫌いではない」と緩やかな修正を行なっているのだから、筆を折る前にカイエとポジティフの様この前時代的な対立の煽動者としての落とし前だけは付けてもらいたいと思っている。
2010年4月23日

後ろ姿がまるでヨーだなので撮ってしまった。
先週行なわれていた横浜公園のチューリップまつり散策中に遭遇。今までキリがないくらいこの像の側を通っているはずなのに全然気がつかなかった...近くから観ると、それほどではないかもしれないが、ちょっと距離があると立ち姿はソックリ。






2010年4月11日

オープンしたばかりの川喜多映画記念館に行ってきた。
旧川喜多邸を改装した記念館は映画スチールやポスターや機材が多数展示しており、情報資料室にはキネマ旬報のバックナンバーや映画関連の書籍が自由に閲覧出来るようになっているし、35、16ミリフィルム兼用映写機を備えた上映室も完備しているので、日本の映画文化に多大なる功績を残した川喜多夫妻の旧宅で名画鑑賞できるようになるというのはとても素晴らしいことだし、現在、鎌倉には映画館が無いので、その意味でもとっても喜ばしい。
京橋のNFCにはもちろん遠く及ぶべくもないが、川喜多FCと呼ばれるような企画や資料展示の充実を期待したいなぁ。


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鏑木清方記念美術館にも寄ったが、館内は結構混雑していて、鎌倉観光のついでに覗いてみた。という感じの人だけでなく、鏑木清方や日本画の愛好家(当たり前か)が多く見受けられて鏑木清方の根強い人気が伺える。
優美で流麗な鏑木の画は本当に美しくて観ていても飽きる事がないくらい素晴らしい。

「朝凉」(1924)
2010年3月18日

歌舞伎座に行ったついでにと言っては何だけど、築地本願寺にも寄った。まぁ、正確には「願寺派本願寺築地別院」だけど。
インド様式の大変に立派な建築だが、本堂含め中に入るのは今回が初めて。
この建物を設計した伊東忠太は動物や妖怪をイメージによく用いる人だったらしくいたるところに、牛、馬、象、猿、等々の動物達が棲んでいて、事にここでは「三畜評樹」という仏教説話を取り入れていて、それに従い堂内の高い順に鳥、猿、象という配置になっているとの事。
2010年3月16日

建て替えがまじかに迫ってきたので、4代目歌舞伎座を見納める(たぶん)ために久々に東銀座へ。
この界隈は中、高校生の頃よくウロウロしていたので(最近はさっぱりだが...)今でも歌舞伎座の前を通る度に、その頃の事をついつい思い出してしまう懐かしい場所なので、感慨にふけりつつ、写真を撮っていると、いたるところで写生をしている人々やカメラ片手にウロウロしている人達、一幕見席チケット発売を待つ人やらでいっぱい。
ところで、現在の歌舞伎座は登録有形文化財に登録されているが、いくら現在の趣を残しつつとはいっても次期歌舞伎座は文化財などに登録される事はないだろうなぁ〜、バリアフリーや環境配慮、商業的にも合理的な判断だとは思うけどね...ちと残念。
2010年3月15日

東博恒例の春の庭園解放が始まったので、この間の長谷川等伯展の時にはスルーした平常展の鑑賞と合わせて、初めて入園してきた。
春草廬、応挙館や九条館等々の茶室などが移築されている庭園は、さほど広くない敷地内の池の片側に点々として在るが、三渓園をダウンサイジングしただけの様な印象であまりピンとこない庭園というのが正直な印象だが、東博の敷地内には20種近い桜の木が植えてあり、これらが一気に咲き出す下旬から4月上旬頃の庭園なら素晴らしい景色だろうなと思う。
2010年3月12日


鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れてしまった跡をナマで観ておこうと、帰りに八幡宮に寄ったら、時既に遅し...露出を上げて撮っているので明るいが実際は日没後に撮影。いつシートを全体に被せたかは知らないが、写真を観ての通り、倒れた大銀杏に白いシートが覆われて立ち入り禁止で規制されてしまい、側に寄る事も階段に上る事すら出来ない状態になってしまっていた。
右の写真は今年の1月に行った時に撮影したものだが、この時に観たのが最後となってしまった...悲し...。
2010年2月21日

いつものごとくコーヒー豆を仕入れに鎌倉へ向かう。速攻でお店に顔を出し。
店:「先週来るかと思ってました」
私:「ちょっと散歩して後で取りにくるから挽いておいて」
などと短いやり取りの後、うろうろと宝戒寺へ向かう。
途中は省略、目的地「宝戒寺」に到着。
2010年2月14日
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今日は晴れたので中華街も例年同様、ものすごい混雑。
上の画像に写っているのは子舞が店頭に吊るされた紅包(ホンパオ/御祝儀)をとりおめでとうと商売繁栄を祈る春節伝統行事をしているところ。これが延々と街中を練り歩きながら何時間か続くわけだけど、どうせなのでムービーで少し撮影。ただ、位置取りはサイテーだし、人込みで殆ど何をしているのか分かりにくいと思うが、爆竹の音など雰囲気だけは伝わるかも...程度のもの。
2010年2月13日

中華街は今日から春節のお祭りで普通なら大にぎわいのはずだが、今年はあいにくの雨スタート。ものすごく久しぶりに海員閣でサンマーメン(小津安二郎ファンならお馴染みの)でも食おうかなぁ〜と遅い昼食がてら(ほとんど夕飯時といってもよいが)市場通りへ向かうと、時間帯が中途半端だった為に準備中の札が...
そこで、昔からず〜と興味津々でたまらなかった謎の中華料理店「安楽園」へ入る事にした。
おそらく他方からくる観光客はまずいきなり入る事はないだろうし、地元民の多くも「ここは一体...」と興味はあるが、ちょっと入るには不安が...などと思っている人も多いのではないかなと思う。かく言う私もそのひとりだったし。


恐る恐る店の扉を開け「いいですか〜?」と聞くとお店のおばちゃんが「どうぞ、どうぞ〜」と中へ案内してくれて気が付くと円卓テーブルの前でメニューを開き五目タンメンとシューマイを注文。
しばしお店内を見学していると緑茶を出してくれて(中国茶ではなく、何故に日本茶?)と思いつつさらにしばし待つと、五目タンメンが運ばれてきた。オバちゃんは「今日は寒いし雨だからねぇ〜ゆっくりしてしていきなさい、ゆっくりゆっくりね」と、とても家庭的でくつろぎの雰囲気。


お味の方は、もう凄く美味しいとしか言えない。五目タンメンにのっているあんのとろみ加減といい、具エビのプリプリ感といい、それにスープの味加減が絶妙で、薄味濃厚スープなので食べやすいが完食後の満足感がとても高く上品な味。そしてお店の人気メニューのシューマイも同様で、大きくてボリュームがあるが、シューマイ独特のしつこさや臭みがなく、噂に違わぬ美味しさだ。
あっという間にどちらも完食し食後の満足感に浸っていると、配膳してくれたおばちゃんが「今、熱いお茶を持って来てあげるからね」とお茶のきゅうすに熱いお茶を再び持って来てくれて、その後もしばしくつろいでしまった。
お会計の時も色々と私の世間話に付き合ってもらい最後に「ぜひこれを縁にまたいらしてして下さい」と言っていただいた。もちろんこちらこそ、他のメニューも食べてみたいし、外の喧噪とは一線を画したような空間でほっと一息、ゆっくり食事を楽しみたいんで、これからちょくちょく通わせてもらおうっと。

2009年11月29日

紅葉ライトアップの期間は入山料が無料という事もあって、鎌倉の長谷寺の紅葉ライトアップを初鑑賞。当然、混雑するだろうと予想はしていたけど、入山前に列を成しているとは思わずちょっと驚いたけど、この日は天候にも恵まれ、アートプロジェクト「鎌倉巡空」のバルーンも赤銅色の箔で覆う「紅炎堂」も紅葉ライトアップと相乗効果で楽しめた。
2009年11月15日

先週末の事だが、湘南邸園文化祭の一環として行なわれた小津安二郎でも有名な茅ヶ崎館での映画鑑賞会に行った。
作品は小津安二郎の傑作サイレント『東京の合唱』を活弁士の佐々木亜希子さんによる活弁付きで行なわれた。私は「東京の合唱」は未見だったので、久しぶりに体験する活弁付きの上映は楽しかったし、「綴方教室」以前の子役時代の高峰秀子を写真以外で観た事が無かったので、その面でもとても堪能できた。
2009年10月20日

高徳院からの帰りに特別展『鎌倉からの手紙』を観に鎌倉文学館に立ち寄った。
庭園でカメラ撮影していると、とある中年のご婦人がスーっと寄ってきて「シャター押してもらえますか?」とインスタントカメラを手渡してきた。ご婦人は「自分を中心にしないで建物が多く入るようにお願いします」と言ってきたので要望通り、そう撮った。その時、私が「いきますよ〜」と言うと、そのご婦人はサッと斜に構え、視線は遠くを見つめる様な見事なポーズを決めた。
「シャッターいいですか?」と聞かれる事はたびたびあるが、このご婦人の様にポーズを決めてなおかつ、キマっている人には滅多にお目に掛からない。
2009年9月29日

日本大通り界隈にある歴史的建造物の一般公開があったので、今回特別公開となった建物を主に見学してきた。
上の画像は巨大ピンク・ブラの貼ってあるZAIM。ピンクリボン活動の一環として貼られたビアンカさんの作品。
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「横浜海洋会館」
今回一番入ってみたかったのが、この横浜海洋会館。子供の時からこのビルの前を通る度に気になっていたので、本当に嬉しい。
この建物は船乗りの為のビルで中を見学しているとサロンにいた男性に声を掛けられ、ビルの中から屋上などを案内して頂いて、横浜港開港の歴史から海洋会館ビルの歴史、等々の話しや質問に答えて頂いたりしながら一時間以上話し込んでしまった。
その男性は今はもう現役ではないが、某大手海洋会社で船長をしていたという人で白髪のいかにもダンディな船乗りといった感じ。普通ならあまり知る事の出来なかったちょっとした耳寄り情報も教えてくれたのでラッキー。
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「旧横浜英国総領事館」
ここは今は開港資料館旧館として活用されていて、私もたびたび利用しているが、今回、旧総領事室を公開するという事で見学。
2009年9月 7日

海自のヘリ空母とも言うべき新造艦「ひゅうが」が防災訓練の為、大桟橋に入港したので早速おニューのEOS 50Dを持って大桟橋方面へ。
色々と野暮用もあったので、午前中の入港や午後イチで行われたヘリ離着陸等、海自、県、県警、海保の合同訓練を見物する事は出来なかったが、おかげでメチャ混雑という状況は避けられた。今日は艦内の一般公開だったので昨日より更に混雑しただろーけど。
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2009年8月28日

閉幕間近で、幸い暑さも和らいできた事もあって、ついに等身大ガンダムを観てきた。
全長18メートルの等身大ガンダムは大きくもあり、思っていた以上に小さくも感じた。
もちろん、決して18メートルは小さいハズなどなく、これまでアニメの中での18メートルのモビルスーツというもののスケール感を実生活の中で実感する事は出来なかったので(当たり前だが)頭ではガンダムは18メートルと知っていても、中々ピンとこなかったのだ。まぁ、それもせいぜい1時間も眺めていれば馴れるが。
公園では想像以上に、老いも若きもカメラ片手にバチバチとデジカメ撮影に勤しんでいた。もちろん自分もその勤しんでいたひとりなワケだけど、日没後の撮影の為に三脚持参で行ったものの、運悪くワイヤレスリモコンが壊れていた為にリモコンは携帯出来ず案の定、ライトアップ・ガンダムの撮影はピントが甘々のものが多くなってしまった。まぁ、それでもファーストガンダムとガンプラに燃えた小学生時代を過ごした者のひとりとしてはやはり感動ものの体験だったので、じゅうぶん満足出来た。
それにしてもサイコ・ガンダムの等身大だったらどんだけ見上げればいいんだ?40メートルだったっけな?う〜ん...うちの高層よりも高いな...
2009年5月28日

なんとなく面倒臭くてブログ更新を怠けていたら、「阿修羅」展ネタが続いたエントリーとなってしまった(苦笑)やる事多いしMovableTypeもバージョンアップしたらモロモロの操作が面倒くさくなった事もあって記事更新するのもますます億劫になってきてしまった。
ま、それはさておき、そろそろ会期も終了し、九州へ移動されてしまう前に、もう一度しっかりと拝んでこようと再び、上野国立博物館へ。
前回は予定の都合もあって本館展示をスルーしたので、今回はやや本館展示の鑑賞メインで時間も余裕を持って入館。この点は「阿修羅」展が入場時間を延長していてくれているのが助かった...のだが、それでも結局展示最後の方は本館の閉館時間間際で足早に見学しなくてはいけなくなってしまった。本館ミュージアムで時間を使いすぎたせいだ(苦笑)
そして再び阿修羅のいる平成館へ移動すると館内への入場までの待ち時間は前回程ではなかったものの、館内の混雑ぶりは間違いなく前回以上の混雑ぶりでまいった。阿修羅像の周りなんてそれこそ大変な人混みで係員が「前列の方は恐れ入りますが足だけは止めずに一歩づつ横に移動しながらご観覧下さい~」なんていっているが、一向に埒があかず結局前列に入り込んで係員が自ら動いてなんとか人の輪を動かしていく有り様。ガラス張りじゃないから見物客も係員も違う意味で双方必死だ。私は二度目という事でグルグルと展示ルームを何往復かしながらお目当ての阿修羅像も含め八部衆を穴が開きそうな勢いで眺めてきた。なんせ展示ルームを逆流しないように誘導されるのでね。
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2009年5月 7日

国立博物館の平成館でやっている興福寺創建1300年記念の展覧会、国宝「阿修羅」展を観てきた。
近年の仏像ブームも相まって大変な混雑で観に行く事を躊躇ったりもしていたのだが、興福寺の阿修羅もさることながら、個人的には最も好きな八部衆(特に迦楼羅)も合わせてこの東京で鑑賞できるなんてこれが最初で最後だと思い直しイソイソと国立博物館へ向かったが、到着してみると事前のチェック通り、入場まで1時間待ちの状態だった。
入場後、展示用の強化ガラスで遮られる事なく、阿修羅像や八部衆像、十大弟子像との対面(対面といって差し支えないと思う)はただただ感激、同じ空間を共有できたという喜びを感じられて、展覧会に足を運んでから数日経つが、その時の喜びの余韻からまだ醒めない。
本当に素晴らしいものだった。
販売会場は展示室以上に大混雑していたが、高級感のある立派な装丁の図録を購入して帰ってきた。
観覧後は周辺を散策。
2009年5月 5日
キングの塔(県庁本庁舎)の一部公開と展示が行なわれていたので今回初めて見学してきた。
GW真っ只中のうえ今年は横浜開港150周年という事もあって日本大通りにも人がたくさん、当然のごとく県庁にも大勢見物客が詰めかけていて写真撮影もままならず、30分待ちの行列になっていた知事室は諦めた。
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2009年4月17日

トラブルがまだ怖いものの、ま、とりあえず前回の続き、鎌倉宮の画像。
鎌倉宮は南北朝で有名な後醍醐天皇の子、護良親王(大塔宮)を祀る宮で足利尊氏と対立し捕らえられた護良親王が後に一時、鎌倉を追われる尊氏の弟、足利直義の命で殺されるまでの間、幽閉されていた土牢が保存されているが、それが観たくて報国寺に続いてこちらも拝観。
2009年4月14日
前回の旧華頂宮邸の続き、宮邸を後にしそのまま報国寺にも立ち寄った。
報国寺と言えば足利家と上杉家の菩提寺として有名で足利尊氏の祖父家時が開基したと言われており、尊氏の子孫の第四代鎌倉公方足利持氏と嫡子足利義久が権力闘争に敗れ、この報国寺で嫡子足利義久が自刀した所で、関東足利家滅亡の場所でもある。
個人的に日本史の中で幕末時代と並んで最も好きな時代が混沌とした騒乱の時代の南北朝時代なので、この竹寺に来ると、とても厳かで、何か感慨深い気分になる。
もちろん、その後は鎌倉宮にも寄ったワケだけど、それはまた次回。
2009年4月13日
年に2度だけ庭園を公開する旧華頂宮(華頂博信侯爵)邸を観に鎌倉にお散歩。
報国寺の先をちょっと行くと華頂宮邸があるのだけど、意外と知らない人も多いせいか、報国寺を拝観してUターンしていく人が多い様な気がする、なんか勿体ないなぁ~と思うが、庭園を年2回しか公開しないのだから無理もないのかも。かく言う、私も行くの初めてだし。
見学中、ボランティアの方が「維持管理だけで年間1500万位掛かるんですけど、鎌倉市も洋館の多い横浜市を参考に色々考えているところです。」と言っていたので「どうして年2回しか庭園を公開しないのですか?」と質問したところボランティアの方曰く「耐震などの問題で…」という答えが返ってきた。耐震を強化するという事は文化財に手を加える事を意味するし、また費用対効果の面からも色々と難しい問題もあるワケで傍で言うほど簡単な話ではないんだよな。
入館は無料でテラスやダイニングルームなどではボランティアの方たちによってコーヒーサービスなども行われているので10月頃、鎌倉に遊びに行く人は立ち寄ってみては。
修繕費の寄付金も募集してます。
2009年4月 9日
2009年4月 6日
三渓園で毎年恒例の『観桜の夕べ』に久しぶりに行った。
今年は天気も良く風も殆んどないので水面に映るライトアップされた夜桜がなんともいえず美しい。が、「観桜の夕べ」のラスト一時間前、花見客の宴も最高潮に達している時になんと電圧がオーバーし、三重塔を照らすライトと近くの茶店の照明が落ちてしまい、一瞬にして真っ暗。もちろん、数分後には茶店の照明は復帰したが、三重塔のライトアップは最後まで復活しなかった。その停電中の三重塔の姿は4枚目の画像に写っている。
2009年2月 4日
先月の事だけど、昨年末にオープンしたZAIM CAFE ANNEXに写真散歩がてら行こうと歩いていたら夕暮れ時でみるみる真っ暗になってしまい何となくしか把握してなかったCAFEの場所が分からなくなり気が付いたらフェリス女学院前についてしまった。(思えばフェリスから近かったんだけど)なんせZAIM CAFE ANNEXは古民家を改造したCAFEだし、場所も住宅街にあるからあんまりデジカメ片手にウロウロするのも怪しいし…結局、その時は断念し日を改める事とし、しょうがないからただ港の見える丘まで歩いて帰ってきた。
2009年1月31日
先週末の事だけど江戸東京博物館で開催中の『珠玉の輿~江戸と乗物~』展に行ってきた。
両国国技館前は千秋楽前と朝青龍が名前を貸してるチャンコ屋のイベントらしきもので人が行列ができていたが、こちら江戸東京博物館の方も篤姫の輿入れの時の籠観たさに人がいっぱい(まぁ、自分もその一人なんだけど) 入場早々、大河ドラマ『篤姫』の撮影で使用された大道具篤姫の籠レプリカが展示しており、そこで立ち止ってしまうと、すかさず警備員が「これはドラマで使用された物で、本物は後だよ~、ここで列に並んでても進んでいかないからどんどん歩きながら観た方がいいですよ~」なんて言っていた。言われずとも、私は元々せっかちでノンビリ並びながら鑑賞する性分ではないからそのつもりだけどさ。などと思いながらサクサクと鑑賞。
展覧会では篤姫、本寿院、和宮の輿や籠を中心にしながらあらゆる時代の男性、女性用の籠や輿、それにまつわる絵巻、書物、嫁入り道具、等々大変貴重な品々が数多く展示されていて歴史好きや大河ドラマが好きという人のみならず楽しめる。 個人的に感動したのはスミソニアンが所有している篤姫の輿はもちろんだが、家康が関ヶ原の合戦で使用したとされる籠や家康が使った鼈甲の鼻眼鏡や鉛筆などの品々。
籠などは真田幸村の鉄砲隊に撃たれて貫通した跡が生々しく残っているし、鉛筆などは日本に現存している最古の鉛筆らしい。その時代に鉛筆が合った事も驚きだけど、家康が使っていたという事実が感動的だ。
でも、私が一番感動したものは遠山の金さんで有名な遠山左衛門尉景元が痔を患っていて痛いから駕籠で登城したいと駕籠の使用許可を申請している書状だ。当たり前だがこの書状にちゃんと金さんの花押もありすごく生々しくて良い(本物だから生々しいのは当たり前だが)。
観客は年配者も多かったが、意外と若い女性やカップルも多く、ドラマ『篤姫』効果もさることながら、巷間、伝えられる若い女性による歴史人気が事実だという事も何となく感じられた展示会だった。
2008年10月14日
現在開催中の『横浜トリエンナーレ2008』に併せてBankART1929で公開されている「BankART LifeII」を観てきた。
かねてから観たいと思っていたヤノベケンジ氏のViva Riva Project - Standa -が生で観れただけで充分満足なのだが、牛島達冶、今村源、等々、多数アーティストによる“心ある機械たち”作品もユニークさと温かみを兼ね備えた作品ばかりでどれもジぃーっと時間を忘れて見入ってしまう。
このViva Riva Project - Standa -はランダムに動き出すのでタイミングよく観れる人もいれば、待ってても動かないので諦めてしまう人も多々いた。(動き出す間隔は一定ではない)私は運よく何回か観る事が出来たが…
その時の様子をデジカメのムービーモードで撮影した動画をYouTubeにアップしたので公開してみたが、人は横切るし、ムービーモードの時間枠に一連のモーションが収まらずちょっと尻切れっぽいのはご愛嬌という事で(苦笑)
2008年10月10日
「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」を観に六本木の国立新美術館へ行った。
国立新美術館に入るのは初めてだったが、招待だったので美術館の休館日に混雑に悩まされる事無く、自分のペースで鑑賞できた。おそらく普段だったらピカソ展も国立新美術館も混雑と無縁という事は有り得なかっただろう。まぁ、もちろん招待客がそれなりに大勢いたのでガラガラってワケではないのだが。
ピカソ展というと30年くらい前に親と観に行った。と言う、微かな記憶と、その時の図録をその後に何度も眺めたという事しか覚えていないのだが、今回の回顧展はその時とはまた違う作品が数多く来ていたのでとても新鮮だしブロンズの彫刻は個人的には絵の方よりも好きなので、それらを鑑賞出来たのも刺激的だった。
2008年9月16日

通りがかりに日本丸が総帆展帆していたので一枚パチリ。
青空だったら良かったのになぁ。
2008年8月19日
ちょっと前の話だけど...アルゼンチン海軍の練習帆船リベルタが新港ふ頭に航海訓練の途中に交流を目的に寄港したとの事でちょいと見てきた。帆船といえば横浜には日本丸があるが、日本丸よりこのリベルタは大きい。まぁ、海軍の練習帆船練習だから当たり前か。
あいにくの曇りだったが、船内見学の行列が長かったので乗船はせず船外写真だけ撮影。
2008年4月13日
ランドマークプラザに成城石井が出来た。成城石井では必ずコーヒーを買わなければならない。ならないと言うより他では中々売ってないので結果的に成城石井で買うしかないだけの事だけど…いつもは横浜店で購入と決まっているけど、気が付くと最近は横浜界隈にいる事よりもMM周辺にいる事の方が多い。人と会うのも、ちょっと映画観に行くのも、眼鏡を物色するのも…正直あんまり好きじゃないMM地区だが、知らず知らずの間に行動範囲の中に取り込まれてしまっているようで忌々しいがしょうがない。
そんなこんなで意外と桜木町周辺で大抵の事は事足りる様になっているが、このエスプレッソ・コーヒーだけはMM地区でもどうにもならなかったワケだが、とうとう成城石井が出来た事で何とかなってしまう事になった。良かったような…悪かったような…ますますMM依存が…
2008年4月 5日
久しぶりにお付き合いでプロ野球観戦。ベイスターズ対スワローズだったが、結果はご存知の通りスワローズの勝ち。どうした大矢監督、頑張れ!別にベイスターズファンでもなんでもないが、大矢監督在任の間は臨時ベイファンとして応援しているんだからサ…それにしてもドームなどと違ってスタジアムは良い、風が心地よくて。
2007年12月31日
2007年12月16日
浅草に行ったついでに浅草寺へ寄り道。浅草寺にしても仲見世にしても相変わらず混雑しているのは確かだが思っていた程ではなかったので意外とスムーズに行動できたな。ホント鎌倉の混雑ぶりに比べればたいした事ないので良かった。
更に寄り道ついでにマルベル堂なんぞも覗いてみたりしたが、ほぼ20年振りくらいになるだろう昔の時と全然店内が変わってないのが良い。時間が止まったままって感じなのがなんとも心地よくて…最近は行く度に雰囲気が変わっている店も少なくないので年季の入った古いお店と言うのはとっても貴重だし変えずにいてもらいたい。
※画像をクリックすると大きい画像が見れます。
2007年11月26日

折角、自転車で行くのだからここ数年行っていないところへ寄ろうと考え、とりあえず銭洗弁財天宇賀福神社へ。
この銭洗弁財天は頼朝の夢から創建され北条時頼も一家繁栄の為に金銭を洗ったと言われている。
さて、続いては...と行きたいところだったが、なんとなくブラブラしつつボォーっとしていたら一番行きたかった報国寺や釈迦堂切通、等々まったく寄る事が出来なかった。時間的には大仏くらいは拝む位の余裕はあったのだが、出発したのが昼過ぎだった上にあいにくヘッドライトの電球が切れていた事もあって日没前には鎌倉を後にしなければならず、由比ガ浜で海を眺めて他はスルーとなってしまった。
しばらく重点的に鎌倉巡りでもするかな。

鎌倉ポタリングにお出掛け。
今日は天気もよくまさにポタ日和だったので自転車をこぐ足取りも軽やか~。鎌倉街道をひたすら真っ直ぐ走りとりあえず北鎌倉に到着。紅葉見物で混雑もなんのその人ごみ掻き分けパチリとな。
2007年11月 4日


酷暑から自転車を控えていたが、そろそろ乗り始めねば。かつてサッカーと陸上、水泳と柔道で鍛えた足腰も急速に衰えている。もっとも、柔道のせいで腰は元々良くないけど。
小田原あたりまでポタってみようかと考えてもいるが、まぁこれはもう少し先の事として、鎌倉でシラス丼を食べて帰るくらいでお茶を濁しておこうかな。鎌倉なら自転車でも1時間掛らないくらいの距離なのだけど、坂が堪えるのだ。それでも上郷経由~鎌倉霊園回りをせず少々迂回コースだが、大船から北鎌倉コースを通ればいくらかはマシだろう。
ああ、自転車もう一台欲しいな。小径じゃなくてギヤも8変速のヤツが。
2007年10月17日

眠い…この季節はとにかく眠気が襲う。それと秋花粉でくしゃみが始まったのでうっとおしい。ハ、ハ、ハックショ~ン大魔王~♪って古いな…(苦笑)
ちょっと前まで携帯の待ち受け画面を美術作家のやなぎみわの作品「Elevator Girl」にしていたが、その美術作家やなぎみわのインタビューがpen/209号に掲載されていた。いつ見てもやなぎ女史はスタートレックに出てくるバルカン星人のような独特な雰囲気だ。
2007年9月26日
2007年9月25日

ようやく涼しくなってくるようだ。それにしても今年は秋がこのまま無く一気に冬になると聞くが、本当だろうか?世界的異常気象の中で四季があるニッポンなどというのは、もはや過去なのか。
2007年9月20日

空を見上げればだいたい米軍機やら航空自衛隊機、民間航空機などが視界に入る。ある日の午後、遠くから見えた時は最初、飛んでいる角度に対する視覚的錯覚もあり宇宙ロケットが成層圏に向かって飛んでいる様に見えた。が、言うまでも無くそんな事はない。もっと言うとミサイルにも見えたが、これはもっとありえない。横須賀にミサイル基地などないし、仮にミサイルだとしても羽田空港にミサイルが向かう事はありえないのだから(笑)
それにしても直線が美しい飛行機雲だな。
2007年8月16日

雲の見てるのは楽しい。石原良純じゃないけど、楽しい。時間や季節によってさまざまな表情を見せる。特にお気に入りは真夏の雲。セミの鳴き声をBGMに雲を眺めているとなんとも言えない気分になる。本質的に自分は悲しい部類の人間なのだろうと思う。別に深刻ぶったりブルーな気分に浸っているワケでもなく、ただ淡々とそう悟らされる様な気がするのだ。
2007年8月14日
2007年6月11日


午後から雨も止んできたので、久しぶりに愛車メトロでサイクリング。
少し前のある日の事、車道から歩道に移ろうとした時に段差でうっかり進入角度を間違えてしまい、つんのめって転倒。仮面ライダーの本郷猛ばりに「とうぉぉぉぉぉぉ!」とジャンプした事があったのだがその時にヘッドライトの電球が切れてしまったので買おうと探したところ中々の曲者で同タイプのハロゲン電球の入手に手間取ってしまっていたのだ。
ちょこちょこと用件を片付けながら、久しぶりにぷかりさん橋へ行くと見慣れぬ舟が停泊していたので近くまで観に行くと、それは古代式の航海カヌー「ホクレア号」というカヌーだった。なんでもハワイ語で「幸せの星」と名付けられ、ハワイ、ニュージーランド、イースター島を頂点として結んだ約3,400万平方キロメートルの海域"ポリネシアン・トライアングル"をポリネシア人の祖先たちがカヌーで海図やコンパスを使わずに行き来し、太平洋に散在する島々に定住を始めたというポリネシア人起源・拡散説の科学的な立証を目的に当時の形状を模したもので天体や自然現象の法則から針路を定める伝統的な航海術"スターナビゲーション"によって針路を決定していくものとの事。
今年1月にハワイ島からミクロネシアの島々を経由し、沖縄、熊本、福岡、山口、広島、愛媛を経て横浜に入港したらしいのだが、今回の寄港は1881年に当時のハワイ国王が世界周遊の中で横浜に立ち寄ったという過去があり、なおかつ日本を訪問した初めての国家元首だったという事が今回の寄港イベントに繋がったらしい。
残念ながら今日は天気が悪くて乗船見学会は中止になっていたようだけど、1週間くらい停泊しているらしいのでまた週末に行けたら行ってみようかな。
2007年6月10日

久しぶりに横須賀中央の記念艦「三笠」へ。
三笠内部ではちょうど連合艦隊司令長官・東郷平八郎に関する秘蔵の絵画・書跡・写真・彫刻等を展示した「東郷平八郎展」を催していたので渡りに舟で見学。
それにしても三笠に乗艦するのは小学生くらいの時に2、3度乗艦した以来だから20数年振りだな。
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2007年6月 3日

この間の旧岩崎邸庭園に続いて駒場の旧前田侯爵邸洋館へ。
学生時代に井の頭線を利用していた時に一度行った事があったと思うが、その頃は特別興味を持っていた訳でなく記憶も薄いので今回はちゃんと訪問。駒場東大前駅から洋館のある駒場公園まで徒歩10分位なのだが向かう途中に品良いご老人が散歩に出掛けようと自宅玄関を出たところに、ちょうど出くわしたので話し掛け、駒場公園周辺について質問をしたところ、今でもこの駒場には旧前田侯爵家の縁の人が何人か住んでいると教えてくれた。
ところで、旧前田侯爵家といえば、もちろん旧加賀百万石前田家の事で、この洋館は16代当主前田利為の本邸で昭和4年に欧州建築の粋を集めて建築され当時"東洋一の邸宅"と称せられた。建築デザインはイギリス後期のゴシック様式を簡略化したチューダー様式が採用されているとの事。
旧前田邸と言えば、現在、鎌倉文学館として開館している旧前田侯爵邸別邸の方がやはり有名ではないかと思うが建築物としての重要度としてはこの本邸も同じくらい貴重な存在だろう。また、洋館のすぐ側には和館も無料公開されていて休憩所として利用出来る。
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同じく駒場にある日本民藝館にも寄っていきたかったのだけど、時間切れとなってしまったので、又の機会に持ち越し。
2007年5月21日

台東区池之端にある旧岩崎邸庭園。
御徒町から中央通りを通り不忍池を抜けると庭園に着くのだけど正直、不忍池を通るなんて何年振りの事か。都内の私立男子高へ通っていた事もあって御徒町の宝石屋の跡取り息子や、親父が寿司屋の板前なのに魚嫌いで魚を絶対食べない亀有の友人などと遊ぶ時はたいがい有楽町か上野というパターンが多く、この不忍池付近でもよく遊んだものだが、たぶんそれ以来と言っていいかもしれない。
それにしてもボート漕いでるカップルのなんと多い事か。私の学生時代はカップルで"不忍池と井の頭恩寵公園のボートには乗るな!"というジンクスがあったが、そんなジンクスは20世紀とともにおさらばなのだろう。どちらのジンクスも立証済みの私はお節介にも心配してしまう「大丈夫か?君達」...と。
まぁ、そんな事を思いながらトコトコ歩けばアッという間にも庭園到着。
旧岩崎邸庭園は明治期を代表する岩崎家(三菱財閥)の旧宅で元越後高田藩・榊原氏の江戸屋敷の地所が明治中期に岩崎邸になり英国人建築家ジョサイア・コンドルの設計で明治29年に建築された。旧岩崎邸は木造二階建の西洋木造建築で敷地面積15,000坪で20棟以上の建物があったらしいが現在は洋館と山小屋風ビリヤード場、和館の三棟のみ現存している。その内の二棟、西洋木造建築の洋館と和館は結合しているのだけど、洋館、和館の調和が上手く図られていて生活空間として過ごし易さの追求と上流階級用の邸宅らしいあらゆる様式をふんだんに取り入れていてとても豪奢なものだ。
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2007年5月14日

数年前までは日本有数の売春街として有名だった黄金町。それはそれは無国籍タウンさながらだった事を私もよく憶えている。それ程多くの外国人娼婦がお客を取る為に路上に立っていたが、ここ2、3年前から警察の猛烈な取り締まりによって横浜開港時からの街の経緯と共に消し去られようとしている。そんな変わり行く黄金町にいた外国人娼婦たちの黄金町で過ごした日々と過去を写真に記録した写真家八木澤高明氏の写真展がシネマ・ジャック&ベティで催されている。
彼女たちはコロンビア、べネゼエラ、アルゼンチン、タイなど国元にいる両親に仕送りをする為に、借金を返す為、貧乏から抜け出す為など、本当にさまざまな理由で異国の地から遠路はるばる日本までやって来る。もちろん、彼女達の全てが最初から売春しに日本に来るワケではないし、良い事をしているなどと思ってしているワケでもない。その殆どが経済的理由からやも得ず娼婦となってお金を稼ぐ事を選ぶ。遊ぶ金欲しさに安易に援交する輩とは境遇も覚悟も根性も違う。
虚心に写真を眺めてみると、この写真は娼婦たちを通してその国の貧困とたくましさを語りかけてきて胸が苦しくなってくる。彼女達をいわば"買う"側に属している者としての罪悪感みたいなモノもこみ上がってくるし、一方で"しょうがない必要悪だ"(買う者がいるから売る者が出る、日本に来なければ国でもっと貧困に悩まされていたかもしれない)と思う気持ちもある。それでもやはりキッパリと割り切った答えを自分自身に出す事は出来ないし、この先もモヤモヤしたままだろう。
この写真に登場する彼女達は今はもう黄金町にはいない。強制送還されてしまった子や不幸にもHIVに感染し亡くなってしまった子もいる。それ以外の子たちもどこでどう生きているのか分からないらしいが、「幸せになってもらいたい」と写真を観ただけの私だけど、そう思わずにはいられなかった。
八木澤高明 著「黄金町マリア」
黄金町プロジェクト
2007年5月 5日

シエスタ中の見知らぬ女性。
うつ伏せでしかも靴も脱がずに熟睡の様子。気持ち分かるよ、間違いなく夢など見ていないだろう。それくらい心地よい午後だ。
2007年5月 3日

ポーカーフェイス横浜赤レンガ店で開催中のOLIVER PEOPLES FAIRを覗きに行く途中、偶然出くわしたポニータクシー。
ベロタクシーや人力車は良く見掛けるけどポニータクシーを見たのは初めてだ。良いねぇ、ちょっと乗ってみたいかも。
実は自転車に乗ろうと思いついた時、乗馬クラブに通うか自転車に乗るかちょっと悩んでとりあえずは身近な自転車にしたのだが、出くわしたポニーを眺めていたら、やっぱり乗馬もそう遠くないうちに始めたいなぁ~とフツフツとした気持ちが湧き上がってきた。
単純だな…俺。
2007年4月28日

北仲WHITE(旧帝蚕ビルディング)で写真家のテラウチマサトと14名の若手写真家がそれぞれの"横浜"を表現したテラウチマサト フォトエキシビジョン「1 + 14 横浜写真アパートメント」を催し中だ。
この北仲WHITEは2005年からアーティスト、建築家、デザイナー、ジャーナリスト等文化芸術活動に関連するグループ約50組が去年の10月まで入居しアーティスト活動を展開していた場所なのだが、この昭和2年に建てられた北仲WHITE(旧帝蚕ビルディング)は再開発計画の為に取り壊されるらしい...残念だ。
その建物の一部フロアを借り受けての今回のコラボ写真展は、私も含め、多くの写真好きの老若男女がデジタルから銀塩までカメラ片手に集まり、作品を鑑賞しながら各々が思いつくままカメラのシャッターを切ったり、テラウチマサト×中藤毅彦×大和田良×丸山裕一×坂本和則×塚崎智晴トークショーに参加したりと、とてもゲリラ的な匂いの漂う写真展だった。
それにしても昨年開催された世界現代アートの祭典「横浜トリエンナーレ2006」といい馬車道に東京芸大大学院映像研究科校舎が出来たりとか、北仲地区をアートの新本拠地として、さまざまなクリエイターが集まって来る事はとても刺激的だし嬉しい。国際色豊かで日本の写真発祥の地"ヨコハマ"という街に相応しい活動だと思うのでこれからもどんどん精力的に盛り上げていってほしいな。
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2007年4月15日
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購入していたDAHONのMETROが届いたので早速、慣らし運転がてら初ポタリング。
ポタ中、アジャスターによって高さを調整できるハンドル・バーとシートをチョコチョコ調整しながら走行するも中々調子が良い。走りは安定しているし、ブレーキの効きもよい。それになにより小径自転車なので、街中の混雑でもやはり小回りが利き地面に足をあまり着く事なくバランスが取れるので楽チン。ただ長時間の走行だと案の定、尻がいたくなったので、シートは交換の必要があるかも。後、欲を言えばギヤがもう一速あると良かったなぁ。このmetroは6速なのだ。
ま、それでも自分の脚でこぐ自転車に乗って受ける風はとても気持ち良くて満たされた贅沢な時間を過ごしているようだった。帰宅してからは筋肉痛がツライが…(苦笑)
2007年4月14日
2007年3月11日
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恵比寿の東京都写真美術館で開催中の『マグナムが撮った東京』展へ。
写真家集団マグナム・フォト。ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=プレッソンらを中心に設立された"マグナム"の写真家たちが1950年~2005年までに撮り貯めていた東京写真を「東京」をテーマに一挙に展開する写真展。
シャープな眼差しで時代を切り取るマグナム集団の"東京"は、それぞれの目線で語りかけていて、マグナムにありながらも各自の写真家としての個性的な東京が見事にそこに写し出されていてもう色々考えるなんてこともなく、ただただ感動するだけ。キャパの作品は言わずものがなだけど、中でも個人的に心奪われたのはバート・グリンの作品。日常の中のストーリー性といったものをしっかりと切り取りながら優しく語りかけてくる感じは今回の作品群の中でも印象的で撮影する上でいかに物語性が大事かという事を再認識させてくれる。
写真を観る事、撮る事の好きな方は是非観ておくべきだろう。良い刺激を受ける事間違えなし。
そういえば昔、青山でストックフォト関係の会社で仕事をちょこっとしていた時に、マグナムフォトを扱える事になって盛り上がった事を思い出したなぁ。
2007年2月25日
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「ブルーノ・タウト展 -アルプス建築から桂離宮へ-」を開催している神宮前のワタリウム美術館へ。
ブルーノ・タウトはドイツの建築家で"桂離宮"を再発見した事したことで知られている人物。ベルリンでタウトが設計した集合住宅は近年修復され70年振りに鮮やかな色彩が忠実に復元され、この中産階級の為の集合住宅は、現在ユネスコの世界遺産に登録予定なのだそうだ。
彼が掲げていた"ユートピア思想"を日本の伝統・美意識やクリエイター・職人との出会いを通してどのように発展させていったのか?というテーマで彼の作品170点を新解釈を元に構成展示していたのが、とても興味深くて彼のパーソナリティがユニークにも浮き彫りとなる民藝の柳宗悦などに宛てた手紙の数々や、タウトが設計した「熱海、日向邸」の一部復元による家具、工芸品の展示にいたるまで、彼のオリエンタリズム追求の足跡がリアルに感じ取る事が僅かながら出来た。
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2007年2月 7日
2007年2月 6日
2007年1月28日
2007年1月 5日

ギャラリーページを久しぶりに手直しして2007年度用ページも作り、これでまた1年間のスナップ写真を公開する準備が完了。
しかし、改めて自分が撮影してきた画像を観てみると、なんと照明関係の写真の多い事か…
それでも懲りずに今年も光と陰にこだわり続けてみよう。
2006年12月24日
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25日で営業終了してしまう氷川丸とマリンタワー。マリンタワーはリニューアルし、再開する事が決まっているが氷川丸の方は不透明なままで結構、気を揉んだが氷川丸を保有する日本郵船が継続保存する事を決定したよう。2007年度中をめどに補修工事を完工するとの事。
2006年12月10日
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渋谷ユーロスペースで行われているキューバ映画祭2006へ。
『天国の晩餐』『ハローヘミングウェイ』等々観たい作品が色々あったが、モロモロの都合で『ルシア』という作品を鑑賞。ストーリーはオフィシャルサイトから引用させて戴く。
「-スペインからの独立で揺れる1895年、愛しい人に裏切られてしまうルシア。アメリカの支配が強まる1932年、恋人と革命運動に身を投じるルシア。キューバ革命後の1960年、農村で夫と懸命に働くルシア。3つの激動の時代に生きたルシアという3人の女性の愛と挫折、そして新しい人生への旅立ちをそれぞれに綴ったオムニバス巨編-」
感想を書きたいところだが、この気持ちはなんとなく心にしまっておきたいと思わせる作品だったので、あえて書くのはよそうと思う。何故だか分からないのだけど、宝物を見つけ自然と笑みがこぼれてきてしまう嬉しい気持ちと窘められた時の気持ちとがゴッチャな感じ。こういうゴチャゴチャした多感情が湧いてくる作品と言うのは理屈じゃなく良い映画だって事だ。
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復活したイルミネーションを観るため足を伸ばし表参道へ。
アカリウムと名打った表参道イルミネーションは「明治神宮に奉納」をイメージしてデザインされた「行灯」がすごくモダンで、ともすると表参道ヒルズのオープン以来、ギラギラ感を増していた表参道の街並みにいくらか品が取り戻せた感じ。コンセプトやライティングデザインは結構好きだし安藤忠雄氏のヒルズ設計コンセプトを含めトータルデザインをかなり意識している様に見受けられて心地よい。ただ、クリスマスのイルミネーションとして考えると些か質素な印象で「奉納」の厳かさが返って暖かみといった雰囲気を希薄な印象にさせてしまっているのが、ちょっと残念だけど。
2006年12月 4日
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埼玉の氷川神社から名を授かった氷川丸。
喜劇王チャップリンが日本に来日した時に乗船していたのは氷川丸だし、日本旅立つ多くの人を乗せてブラジルへ旅立ったのも氷川丸。戦時中は軍に接収され病院船として多くの負傷兵を乗せて太平洋を行き来した。それ以外にも、もう私などが語るのはおこがましいと思えるほど多くの歴史をもつ氷川丸だが、今月の25日でとりあえず営業を終える。といっても何も横浜から氷川丸がなくなるワケではなく、今後も保存されるが活用方法は日本郵船が今後検討らしい。マリンタワーも同じく25日で営業終了だが、こちらは2009年横浜開港150周年に合わせてリニューアル予定との事。
氷川丸のビアガーデンにもう行けないかと思うととても寂しいし、氷川丸の大晦日の除夜の汽笛も聴けなくなるのか...
2006年11月18日
国内最大規模のブラジル・フェス「FESTA ALEGRIA BRAZIL(フェスタ・アレグリア・ブラジル)」2008年の日伯交流100周年に向けて開催されるイベントで、「日本に住むあらゆる国籍の子供たちに、ブラジルの遊びやスポーツ、文化に触れ、心と心の交流を通して、『アレグリア(生きる歓びを感じて・・・)』を体験できる機会を提供する」ことを目的としている、との事。
催しにMAMELUCOのライブがあるが、19日予定で観る事ができないのが残念。(そういや、S・メンデスのライブも行けなかった…残念)代わりに浅草サンバーカーニバルのグループのサンバを拝見。DITAで喉を潤しながら観てるとフワッと良い気分。
それにしてもこういう国際交流イベントは文明開化の地ヨコハマらしく、とても自由な雰囲気と活気があってホッとするし楽しい。NPOの国際交流ボランティアやユニセフなんかの窓口とかもあったが縦の交流ではなく横の交流という感じが上手く出ているのではないだろうか。
全然関係ないが、根岸米軍キャンプのフレンドシップデーとかを思い出してしまった。(まだフレンドシップデーはやってるのかな)
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お兄ちゃんに「ブラジルの人達に一番飲まれてるコーヒーですよ~」と声を掛けられ購入したcafe CABOCLOとcafe UNIAO。UNIAOの方は極細挽きを購入したので、こちらはエスプレッソで楽しめそう。
2006年11月 5日

東京都写真美術館で「コラージュとフォトモンタージュ展」を観た。
100年以上前の写真など、もちろん今日の撮影機材も撮影技術も違うワケだが、そこにはちゃんとアイデアとテクニックが盛り込まれていて合成をする事でむしろより自然さが強調され、肉眼で眺める景色よりも、より“ホンモノ”の世界が切り取られている。写真をただ写し画としてだけでなく絵画、版画といった表現方法を組み入れながら今日のフォト・モンタージュ、コラージュを形成していく過程がとても分かりやすく鑑賞出来た。
最近、ちょっと硬派な映画作品の鑑賞が続いたので、少し柔らかいヨーロッパ映画が観たいと思い、C・ルルーシュの「男と女」を借りようと思ってビデオ屋に寄ると、運悪く貸し出し中…昨日の様な話を聞かされた後でなお、観たかったのに…残念。しょうがないので、「二十四時間の情事」と、好きなベルナデット・ラフォン見たさに「私のように美しい娘 」をレンタル。
どちらも改めて観なくても感想書けるが、久しぶりなのでちゃんと観た後にレビューを書くつもり。
2006年10月21日
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MovableType3.3をサーバにインストールしてCGIいじってテンプレートをこちょこちょして動作確認やらなんやらして開設に手間掛かった。win版Firefoxでの表示不具合が出てたのが開設直前に分かった為だ。(Mac版Firefoxではモーマンタイだったのに…)IE6で問題なかったから、まさかFirefoxで出てるなんて思いもよらず、しばし、ウ~ンと唸りつつCSSやHTMLと睨めっこしつつも確たる原因つかめず気分転換に不具合の原因になってるGIFを画像ツールで開こうとしたら…なんとGIFが壊れていたのだ。灯台元暮らし…まさかGIFが壊れてたとは。原因も分かりあっさり解決。
とりあえず仮開設となったが、これで完成という事はなく飽くなきカスタマイズの日々の始まりだ。