2011年7月 6日
アジサイも終わり

今年の紫陽花ももう終わってしまうという事で久しぶりに鎌倉の成就院と長谷寺へ。
時間も早く日が高くなりつつあったので逆光に悩まされる事はなかったものの眩しすぎてイマイチな写真ばかりになったのが不覚。



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2011年7月 6日

今年の紫陽花ももう終わってしまうという事で久しぶりに鎌倉の成就院と長谷寺へ。
時間も早く日が高くなりつつあったので逆光に悩まされる事はなかったものの眩しすぎてイマイチな写真ばかりになったのが不覚。



2010年12月 6日

久しぶりに北鎌倉に紅葉散策で円覚寺と建長寺へ。
「円覚寺」
「建長寺」
円覚寺、建長寺共に久しぶりだったけど、天気が良く、過ごし易い気候だったので紅葉の散策には最高。建長寺は半僧坊の富士見台から夕暮れの富士山もバッチリだったし。
2010年12月 5日

鎌倉市川喜多映画記念館で開催中の「鎌倉の映画人・小津安二郎監督の世界」展を観る。
本当は企画展と連動して行なわれた連続講座で平野共余子氏の講座は聴講したかったのだが、スケジュールが合わずに参加出来なかったので、特別展に行くのもだいぶ遅くなってしまった。『小早川家の秋』上映時に行なわれた司葉子さんのトークイベントに行っても良かったんだけど...まぁ、だいたいどんなトーク内容になるか想像ついていたのでスルーしてしまった。
展示では、小津自筆の書き込み台本やスチル写真、小津直筆の色紙、『彼岸花』の山本富士子が着ていた、染織家・浦野理一による繊細な絵柄や、海外で制作されたという小津作品のポスターが複数展示してあった。上映室では鎌倉市が以前制作した『シリーズ ー私と鎌倉ー俳優 笠智衆 』を上映してた。

墓石に刻まれた一文字「無」で有名な小津安二郎の眠る円覚寺境内のお墓にお墓参り。
来週は小津監督の命日とあってお花やダイヤ菊などの日本酒が供えられており、綺麗にされていた。

通りかかった八幡宮で偶然、舞殿挙式を行なっているところに出会したので、ちょいパチリ。
外国人観光客やその他大勢の人に見られての挙式はさすがに少し気恥ずかしかったのではないだろうか。
2010年11月21日

OPEN! HERITAGE IN 山手-歴史的建造物一般公開-に今年も参加。
今年は山手の洋館を中心に、通常は一般公開していない部分や建物も公開されるという事で個人的には見慣れている部分はササッと流しながら特別公開部分を中心に見学。
「旧内田家住宅(外交官の家)」
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JR石川町駅ホームから見える姿がお気に入りの「外交官の家」。設計はJ・M・ガーディナーでアメリカン・ヴィクトリアン様式の洋館。
「フェリス女学院大学10号館」
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フランク・ロイド・ライトの助手として来日したアントニン・レーモンドの設計による初期モダニズム建築。
「山手111番館(旧ラフォン邸)」
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J・H・モーガン設計によるいわゆるスパニッシュ・スタイルの外観。このあたりはやはりモーガン設計による、私の好きなベーリック・ホールとの共通性が高いのが特徴。
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ヤバ〜い、読まなきゃいけない本が溜まってきた...まぁ、好きで読んでるんだからぼやいてもしょうがないのだが...少しずつでも消化していかないと雪だるま状態がますます(苦笑)
2010年11月 5日
中々、更新出来ずにいるが最近の目新しい出来事をまとめて記述しておく。
■東京国立近代美術館で開催されていた「上村松園展」を観る。
これほどの作品が揃った上村松園の大回顧展を観る事が出来て本当に良かった。
前期展示だった「焔」は国立博物館で鑑賞済みだったので今回はスルー。後期展示の「序の舞」は今回初めてじかに鑑賞したが(「序の舞」がお目当てだった)松園の細やかな筆遣いと女流ならではの観察眼の鋭さに改めて敬服する。
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■馬車道にあるEspresso Bar visvivaに行く。
行こう行こうと思いながら最近は馬車道に寄るタイミングがなく、ずっと行きそびれていたからね。
Espresso Barといってもイタリアン・テイストではなくニューヨーク・テイストの雰囲気。まぁ、バーニーズ・ニューヨークのカフェ的と言ってしまったらそれまでだが、山下町界隈ではなく馬車道にあるって事がある意味、貴重。
"エスプレッソ"の味にも量にもかなりのこだわりを感じさせ、横浜界隈で楽しめるエスプレッソとしては中々に意欲的というか野心的。色々大変かもしれないが、頑張って定着してくれる事を希望したいね。
2010年10月10日
今日はなんとか雨がやんだので、またまたワールドフェスタへ。
連休なか日で午後には気温もグングン上昇、天気も良くなったので人出も昨日とは比較にならない混雑ぶりだった。その上、中華街もちょうど雙十節でお祭りなので山下町周辺は本当に人でいっぱい。

「チリ民族舞踊(イースター島の踊り)」


右上の画像はまるでカプチーノか何かコーヒー系の飲み物のように写ってしまったが、実はビール。
ちょうど今、赤レンガで世界最大のビール祭り、ミュンヘンの「オクトーバーフェスト2010」が開催されているが、そのオクトーバーフェストからこちらのワールドフェスタにも出店しており、これはドゥンケル(黒)。クリーミーでコクがありながらも飲み易くヤバい。
そして左上の画像はヨルダンのお店からスパイシーケバブサンドウィッチ。
スパイシーといいつつもさほど辛くはないが、とにかくビールのお供にサイコーな一品。
実は昨日は見逃したステージプログラムなどをムービーと静止画撮影し撮ってきたデータをmacに取り込む過程で、自分のミスから消失させてしまい、今回は動画アップできず...静止画は幸いにもケータイで撮影したのがあったので何とか格好だけは付けられたけど。
いつもと違う手順をとるとダメだね、やっぱり...。
2010年10月 9日

山下公園で開催されている恒例のワールドフェスタ・ヨコハマに行ってきた。

今年の食のテーマは「世界の麺・パスタフェア」という事でベトナムのフォーやスーダンのクスクフ、韓国の豚キムチラーメンなが食べられるし、もちろん麺以外も豊富でドイツやフランス、ブラジル等々、多くの国の食べ物や民芸品もあり、観て歩くだけも充分楽しい。ただ、今年はあいにくの雨で客足もやや寂しいし、パフォーマンス・ショーも変更があったりして残念。

「パエリア&イカ墨のパスタパエリア」

「ロシア少年少女合唱団」


「瀋波雑技団」
登場した雑技団の女の子のキュートさと身体の柔らかさはなかなか。
ラ・トゥナのステージを一部ムービー撮影したので公開。
演目は「Y viva Espana」
2010年9月26日

この間、初めてロイヤルウイングに乗った。
1時間半のちょっとしたクルージング。晴れてりゃ、なお良かったけど、やはり船の上はサイコーだね。

2010年6月21日
鎌倉市川喜多映画記念館でヴィム・ヴェンダースの88年の作品「東京画」を観た。

「東京画」はヴェンダースによる小津安二郎オマージュ映画と言うべき作品だが、この作品を観たのは、もちろんリアルタイムではなかったが、それでもだいぶ昔の事だったし、ヴェンダースは好きだけど、この時分は小津安二郎にも小津作品にもほぼ興味が無く、後学の為に一応は数本観ていただけ、という程度だったので殆ど内容的にも忘れてしまっていたので、もう一度、改めて観直したいと思っていた。
久しぶりに鑑賞してみると、小津に対する畏敬の念と純粋な好奇心のままに、技工も何もなく、ただひたすらキャメラで小津の幻影を追っかけているだけの映画青年の初々しさは、観ているこっちが気恥ずかしいくらいだ。

この「東京画」には笠智衆のインタビュー・シーンがあり、このインタビューを行った場所は旧川喜多邸別邸の縁側で、今回の「東京画」上映に合わせて鎌倉市は特別に普段は閉めきっている戸を、その時の雰囲気を感じられるように、開ける許可をしてくれた、との事だった。
う〜ん...草木が茂っていて微妙...だけど、そういう計らいは悪くないね。
ところで、小津安二郎の国内外での再発見、再評価に関して、蓮實重彦の功績は大ではあるけども、そのあまりに戦略・戦術的に巧妙かつ煽動的で、小津を持ち上げる為に黒澤を引き合いに出すのか、黒澤の評価を貶めたい為に小津を賞賛するのか、イマイチ判然としない。まぁ、殆ど違いなどないのだろうが...そもそも小津評価と黒澤評価は相反するものでは無いのに、時としてシネフィルを混乱に巻き込み、多くの劣化フォロワーを生み出して無意味な対立構造を作り出した罪も大きい。
少なくとも小津も黒澤も古典化している21世紀では、もはや対立的構造そのものの見直しが必要であり、氏もさすがに昨今は焼きが回ってきたのか、「私は、決して黒澤作品は嫌いではない」と緩やかな修正を行なっているのだから、筆を折る前にカイエとポジティフの様この前時代的な対立の煽動者としての落とし前だけは付けてもらいたいと思っている。
2010年4月23日

後ろ姿がまるでヨーだなので撮ってしまった。
先週行なわれていた横浜公園のチューリップまつり散策中に遭遇。今までキリがないくらいこの像の側を通っているはずなのに全然気がつかなかった...近くから観ると、それほどではないかもしれないが、ちょっと距離があると立ち姿はソックリ。






2010年4月11日

オープンしたばかりの川喜多映画記念館に行ってきた。
旧川喜多邸を改装した記念館は映画スチールやポスターや機材が多数展示しており、情報資料室にはキネマ旬報のバックナンバーや映画関連の書籍が自由に閲覧出来るようになっているし、35、16ミリフィルム兼用映写機を備えた上映室も完備しているので、日本の映画文化に多大なる功績を残した川喜多夫妻の旧宅で名画鑑賞できるようになるというのはとても素晴らしいことだし、現在、鎌倉には映画館が無いので、その意味でもとっても喜ばしい。
京橋のNFCにはもちろん遠く及ぶべくもないが、川喜多FCと呼ばれるような企画や資料展示の充実を期待したいなぁ。


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鏑木清方記念美術館にも寄ったが、館内は結構混雑していて、鎌倉観光のついでに覗いてみた。という感じの人だけでなく、鏑木清方や日本画の愛好家(当たり前か)が多く見受けられて鏑木清方の根強い人気が伺える。
優美で流麗な鏑木の画は本当に美しくて観ていても飽きる事がないくらい素晴らしい。

「朝凉」(1924)
2010年3月18日

歌舞伎座に行ったついでにと言っては何だけど、築地本願寺にも寄った。まぁ、正確には「願寺派本願寺築地別院」だけど。
インド様式の大変に立派な建築だが、本堂含め中に入るのは今回が初めて。
この建物を設計した伊東忠太は動物や妖怪をイメージによく用いる人だったらしくいたるところに、牛、馬、象、猿、等々の動物達が棲んでいて、事にここでは「三畜評樹」という仏教説話を取り入れていて、それに従い堂内の高い順に鳥、猿、象という配置になっているとの事。
2010年3月16日

建て替えがまじかに迫ってきたので、4代目歌舞伎座を見納める(たぶん)ために久々に東銀座へ。
この界隈は中、高校生の頃よくウロウロしていたので(最近はさっぱりだが...)今でも歌舞伎座の前を通る度に、その頃の事をついつい思い出してしまう懐かしい場所なので、感慨にふけりつつ、写真を撮っていると、いたるところで写生をしている人々やカメラ片手にウロウロしている人達、一幕見席チケット発売を待つ人やらでいっぱい。
ところで、現在の歌舞伎座は登録有形文化財に登録されているが、いくら現在の趣を残しつつとはいっても次期歌舞伎座は文化財などに登録される事はないだろうなぁ〜、バリアフリーや環境配慮、商業的にも合理的な判断だとは思うけどね...ちと残念。
2010年3月15日

東博恒例の春の庭園解放が始まったので、この間の長谷川等伯展の時にはスルーした平常展の鑑賞と合わせて、初めて入園してきた。
春草廬、応挙館や九条館等々の茶室などが移築されている庭園は、さほど広くない敷地内の池の片側に点々として在るが、三渓園をダウンサイジングしただけの様な印象であまりピンとこない庭園というのが正直な印象だが、東博の敷地内には20種近い桜の木が植えてあり、これらが一気に咲き出す下旬から4月上旬頃の庭園なら素晴らしい景色だろうなと思う。
2010年3月12日


鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れてしまった跡をナマで観ておこうと、帰りに八幡宮に寄ったら、時既に遅し...露出を上げて撮っているので明るいが実際は日没後に撮影。いつシートを全体に被せたかは知らないが、写真を観ての通り、倒れた大銀杏に白いシートが覆われて立ち入り禁止で規制されてしまい、側に寄る事も階段に上る事すら出来ない状態になってしまっていた。
右の写真は今年の1月に行った時に撮影したものだが、この時に観たのが最後となってしまった...悲し...。
2010年2月21日

いつものごとくコーヒー豆を仕入れに鎌倉へ向かう。速攻でお店に顔を出し。
店:「先週来るかと思ってました」
私:「ちょっと散歩して後で取りにくるから挽いておいて」
などと短いやり取りの後、うろうろと宝戒寺へ向かう。
途中は省略、目的地「宝戒寺」に到着。
2010年2月13日

中華街は今日から春節のお祭りで普通なら大にぎわいのはずだが、今年はあいにくの雨スタート。ものすごく久しぶりに海員閣でサンマーメン(小津安二郎ファンならお馴染みの)でも食おうかなぁ〜と遅い昼食がてら(ほとんど夕飯時といってもよいが)市場通りへ向かうと、時間帯が中途半端だった為に準備中の札が...
そこで、昔からず〜と興味津々でたまらなかった謎の中華料理店「安楽園」へ入る事にした。
おそらく他方からくる観光客はまずいきなり入る事はないだろうし、地元民の多くも「ここは一体...」と興味はあるが、ちょっと入るには不安が...などと思っている人も多いのではないかなと思う。かく言う私もそのひとりだったし。


恐る恐る店の扉を開け「いいですか〜?」と聞くとお店のおばちゃんが「どうぞ、どうぞ〜」と中へ案内してくれて気が付くと円卓テーブルの前でメニューを開き五目タンメンとシューマイを注文。
しばしお店内を見学していると緑茶を出してくれて(中国茶ではなく、何故に日本茶?)と思いつつさらにしばし待つと、五目タンメンが運ばれてきた。オバちゃんは「今日は寒いし雨だからねぇ〜ゆっくりしてしていきなさい、ゆっくりゆっくりね」と、とても家庭的でくつろぎの雰囲気。


お味の方は、もう凄く美味しいとしか言えない。五目タンメンにのっているあんのとろみ加減といい、具エビのプリプリ感といい、それにスープの味加減が絶妙で、薄味濃厚スープなので食べやすいが完食後の満足感がとても高く上品な味。そしてお店の人気メニューのシューマイも同様で、大きくてボリュームがあるが、シューマイ独特のしつこさや臭みがなく、噂に違わぬ美味しさだ。
あっという間にどちらも完食し食後の満足感に浸っていると、配膳してくれたおばちゃんが「今、熱いお茶を持って来てあげるからね」とお茶のきゅうすに熱いお茶を再び持って来てくれて、その後もしばしくつろいでしまった。
お会計の時も色々と私の世間話に付き合ってもらい最後に「ぜひこれを縁にまたいらしてして下さい」と言っていただいた。もちろんこちらこそ、他のメニューも食べてみたいし、外の喧噪とは一線を画したような空間でほっと一息、ゆっくり食事を楽しみたいんで、これからちょくちょく通わせてもらおうっと。

2009年11月29日

紅葉ライトアップの期間は入山料が無料という事もあって、鎌倉の長谷寺の紅葉ライトアップを初鑑賞。当然、混雑するだろうと予想はしていたけど、入山前に列を成しているとは思わずちょっと驚いたけど、この日は天候にも恵まれ、アートプロジェクト「鎌倉巡空」のバルーンも赤銅色の箔で覆う「紅炎堂」も紅葉ライトアップと相乗効果で楽しめた。
2009年11月15日

先週末の事だが、湘南邸園文化祭の一環として行なわれた小津安二郎でも有名な茅ヶ崎館での映画鑑賞会に行った。
作品は小津安二郎の傑作サイレント『東京の合唱』を活弁士の佐々木亜希子さんによる活弁付きで行なわれた。私は「東京の合唱」は未見だったので、久しぶりに体験する活弁付きの上映は楽しかったし、「綴方教室」以前の子役時代の高峰秀子を写真以外で観た事が無かったので、その面でもとても堪能できた。
2009年10月20日

高徳院からの帰りに特別展『鎌倉からの手紙』を観に鎌倉文学館に立ち寄った。
庭園でカメラ撮影していると、とある中年のご婦人がスーっと寄ってきて「シャター押してもらえますか?」とインスタントカメラを手渡してきた。ご婦人は「自分を中心にしないで建物が多く入るようにお願いします」と言ってきたので要望通り、そう撮った。その時、私が「いきますよ〜」と言うと、そのご婦人はサッと斜に構え、視線は遠くを見つめる様な見事なポーズを決めた。
「シャッターいいですか?」と聞かれる事はたびたびあるが、このご婦人の様にポーズを決めてなおかつ、キマっている人には滅多にお目に掛からない。
2009年9月29日

日本大通り界隈にある歴史的建造物の一般公開があったので、今回特別公開となった建物を主に見学してきた。
上の画像は巨大ピンク・ブラの貼ってあるZAIM。ピンクリボン活動の一環として貼られたビアンカさんの作品。
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「横浜海洋会館」
今回一番入ってみたかったのが、この横浜海洋会館。子供の時からこのビルの前を通る度に気になっていたので、本当に嬉しい。
この建物は船乗りの為のビルで中を見学しているとサロンにいた男性に声を掛けられ、ビルの中から屋上などを案内して頂いて、横浜港開港の歴史から海洋会館ビルの歴史、等々の話しや質問に答えて頂いたりしながら一時間以上話し込んでしまった。
その男性は今はもう現役ではないが、某大手海洋会社で船長をしていたという人で白髪のいかにもダンディな船乗りといった感じ。普通ならあまり知る事の出来なかったちょっとした耳寄り情報も教えてくれたのでラッキー。
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「旧横浜英国総領事館」
ここは今は開港資料館旧館として活用されていて、私もたびたび利用しているが、今回、旧総領事室を公開するという事で見学。
2009年8月28日

閉幕間近で、幸い暑さも和らいできた事もあって、ついに等身大ガンダムを観てきた。
全長18メートルの等身大ガンダムは大きくもあり、思っていた以上に小さくも感じた。
もちろん、決して18メートルは小さいハズなどなく、これまでアニメの中での18メートルのモビルスーツというもののスケール感を実生活の中で実感する事は出来なかったので(当たり前だが)頭ではガンダムは18メートルと知っていても、中々ピンとこなかったのだ。まぁ、それもせいぜい1時間も眺めていれば馴れるが。
公園では想像以上に、老いも若きもカメラ片手にバチバチとデジカメ撮影に勤しんでいた。もちろん自分もその勤しんでいたひとりなワケだけど、日没後の撮影の為に三脚持参で行ったものの、運悪くワイヤレスリモコンが壊れていた為にリモコンは携帯出来ず案の定、ライトアップ・ガンダムの撮影はピントが甘々のものが多くなってしまった。まぁ、それでもファーストガンダムとガンプラに燃えた小学生時代を過ごした者のひとりとしてはやはり感動ものの体験だったので、じゅうぶん満足出来た。
それにしてもサイコ・ガンダムの等身大だったらどんだけ見上げればいいんだ?40メートルだったっけな?う〜ん...うちの高層よりも高いな...
2009年5月 5日
キングの塔(県庁本庁舎)の一部公開と展示が行なわれていたので今回初めて見学してきた。
GW真っ只中のうえ今年は横浜開港150周年という事もあって日本大通りにも人がたくさん、当然のごとく県庁にも大勢見物客が詰めかけていて写真撮影もままならず、30分待ちの行列になっていた知事室は諦めた。
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2009年4月17日

トラブルがまだ怖いものの、ま、とりあえず前回の続き、鎌倉宮の画像。
鎌倉宮は南北朝で有名な後醍醐天皇の子、護良親王(大塔宮)を祀る宮で足利尊氏と対立し捕らえられた護良親王が後に一時、鎌倉を追われる尊氏の弟、足利直義の命で殺されるまでの間、幽閉されていた土牢が保存されているが、それが観たくて報国寺に続いてこちらも拝観。
2009年4月14日
前回の旧華頂宮邸の続き、宮邸を後にしそのまま報国寺にも立ち寄った。
報国寺と言えば足利家と上杉家の菩提寺として有名で足利尊氏の祖父家時が開基したと言われており、尊氏の子孫の第四代鎌倉公方足利持氏と嫡子足利義久が権力闘争に敗れ、この報国寺で嫡子足利義久が自刀した所で、関東足利家滅亡の場所でもある。
個人的に日本史の中で幕末時代と並んで最も好きな時代が混沌とした騒乱の時代の南北朝時代なので、この竹寺に来ると、とても厳かで、何か感慨深い気分になる。
もちろん、その後は鎌倉宮にも寄ったワケだけど、それはまた次回。
2009年4月13日
年に2度だけ庭園を公開する旧華頂宮(華頂博信侯爵)邸を観に鎌倉にお散歩。
報国寺の先をちょっと行くと華頂宮邸があるのだけど、意外と知らない人も多いせいか、報国寺を拝観してUターンしていく人が多い様な気がする、なんか勿体ないなぁ~と思うが、庭園を年2回しか公開しないのだから無理もないのかも。かく言う、私も行くの初めてだし。
見学中、ボランティアの方が「維持管理だけで年間1500万位掛かるんですけど、鎌倉市も洋館の多い横浜市を参考に色々考えているところです。」と言っていたので「どうして年2回しか庭園を公開しないのですか?」と質問したところボランティアの方曰く「耐震などの問題で…」という答えが返ってきた。耐震を強化するという事は文化財に手を加える事を意味するし、また費用対効果の面からも色々と難しい問題もあるワケで傍で言うほど簡単な話ではないんだよな。
入館は無料でテラスやダイニングルームなどではボランティアの方たちによってコーヒーサービスなども行われているので10月頃、鎌倉に遊びに行く人は立ち寄ってみては。
修繕費の寄付金も募集してます。
2009年4月 9日
2009年4月 6日
三渓園で毎年恒例の『観桜の夕べ』に久しぶりに行った。
今年は天気も良く風も殆んどないので水面に映るライトアップされた夜桜がなんともいえず美しい。が、「観桜の夕べ」のラスト一時間前、花見客の宴も最高潮に達している時になんと電圧がオーバーし、三重塔を照らすライトと近くの茶店の照明が落ちてしまい、一瞬にして真っ暗。もちろん、数分後には茶店の照明は復帰したが、三重塔のライトアップは最後まで復活しなかった。その停電中の三重塔の姿は4枚目の画像に写っている。
2007年12月16日
浅草に行ったついでに浅草寺へ寄り道。浅草寺にしても仲見世にしても相変わらず混雑しているのは確かだが思っていた程ではなかったので意外とスムーズに行動できたな。ホント鎌倉の混雑ぶりに比べればたいした事ないので良かった。
更に寄り道ついでにマルベル堂なんぞも覗いてみたりしたが、ほぼ20年振りくらいになるだろう昔の時と全然店内が変わってないのが良い。時間が止まったままって感じなのがなんとも心地よくて…最近は行く度に雰囲気が変わっている店も少なくないので年季の入った古いお店と言うのはとっても貴重だし変えずにいてもらいたい。
※画像をクリックすると大きい画像が見れます。
2007年11月26日

折角、自転車で行くのだからここ数年行っていないところへ寄ろうと考え、とりあえず銭洗弁財天宇賀福神社へ。
この銭洗弁財天は頼朝の夢から創建され北条時頼も一家繁栄の為に金銭を洗ったと言われている。
さて、続いては...と行きたいところだったが、なんとなくブラブラしつつボォーっとしていたら一番行きたかった報国寺や釈迦堂切通、等々まったく寄る事が出来なかった。時間的には大仏くらいは拝む位の余裕はあったのだが、出発したのが昼過ぎだった上にあいにくヘッドライトの電球が切れていた事もあって日没前には鎌倉を後にしなければならず、由比ガ浜で海を眺めて他はスルーとなってしまった。
しばらく重点的に鎌倉巡りでもするかな。

鎌倉ポタリングにお出掛け。
今日は天気もよくまさにポタ日和だったので自転車をこぐ足取りも軽やか~。鎌倉街道をひたすら真っ直ぐ走りとりあえず北鎌倉に到着。紅葉見物で混雑もなんのその人ごみ掻き分けパチリとな。
2007年6月10日

久しぶりに横須賀中央の記念艦「三笠」へ。
三笠内部ではちょうど連合艦隊司令長官・東郷平八郎に関する秘蔵の絵画・書跡・写真・彫刻等を展示した「東郷平八郎展」を催していたので渡りに舟で見学。
それにしても三笠に乗艦するのは小学生くらいの時に2、3度乗艦した以来だから20数年振りだな。
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2007年6月 3日

この間の旧岩崎邸庭園に続いて駒場の旧前田侯爵邸洋館へ。
学生時代に井の頭線を利用していた時に一度行った事があったと思うが、その頃は特別興味を持っていた訳でなく記憶も薄いので今回はちゃんと訪問。駒場東大前駅から洋館のある駒場公園まで徒歩10分位なのだが向かう途中に品良いご老人が散歩に出掛けようと自宅玄関を出たところに、ちょうど出くわしたので話し掛け、駒場公園周辺について質問をしたところ、今でもこの駒場には旧前田侯爵家の縁の人が何人か住んでいると教えてくれた。
ところで、旧前田侯爵家といえば、もちろん旧加賀百万石前田家の事で、この洋館は16代当主前田利為の本邸で昭和4年に欧州建築の粋を集めて建築され当時"東洋一の邸宅"と称せられた。建築デザインはイギリス後期のゴシック様式を簡略化したチューダー様式が採用されているとの事。
旧前田邸と言えば、現在、鎌倉文学館として開館している旧前田侯爵邸別邸の方がやはり有名ではないかと思うが建築物としての重要度としてはこの本邸も同じくらい貴重な存在だろう。また、洋館のすぐ側には和館も無料公開されていて休憩所として利用出来る。
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同じく駒場にある日本民藝館にも寄っていきたかったのだけど、時間切れとなってしまったので、又の機会に持ち越し。
2007年5月21日

台東区池之端にある旧岩崎邸庭園。
御徒町から中央通りを通り不忍池を抜けると庭園に着くのだけど正直、不忍池を通るなんて何年振りの事か。都内の私立男子高へ通っていた事もあって御徒町の宝石屋の跡取り息子や、親父が寿司屋の板前なのに魚嫌いで魚を絶対食べない亀有の友人などと遊ぶ時はたいがい有楽町か上野というパターンが多く、この不忍池付近でもよく遊んだものだが、たぶんそれ以来と言っていいかもしれない。
それにしてもボート漕いでるカップルのなんと多い事か。私の学生時代はカップルで"不忍池と井の頭恩寵公園のボートには乗るな!"というジンクスがあったが、そんなジンクスは20世紀とともにおさらばなのだろう。どちらのジンクスも立証済みの私はお節介にも心配してしまう「大丈夫か?君達」...と。
まぁ、そんな事を思いながらトコトコ歩けばアッという間にも庭園到着。
旧岩崎邸庭園は明治期を代表する岩崎家(三菱財閥)の旧宅で元越後高田藩・榊原氏の江戸屋敷の地所が明治中期に岩崎邸になり英国人建築家ジョサイア・コンドルの設計で明治29年に建築された。旧岩崎邸は木造二階建の西洋木造建築で敷地面積15,000坪で20棟以上の建物があったらしいが現在は洋館と山小屋風ビリヤード場、和館の三棟のみ現存している。その内の二棟、西洋木造建築の洋館と和館は結合しているのだけど、洋館、和館の調和が上手く図られていて生活空間として過ごし易さの追求と上流階級用の邸宅らしいあらゆる様式をふんだんに取り入れていてとても豪奢なものだ。
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2007年1月28日